「原発漂流」第4部 ガラスの迷路(4)現実/くすぶる処分地容認論

青森県六ケ所村の高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター。「貯蔵管理」に異なる意味を見いだす村民もいる=2016年6月

 11月上旬、青森県六ケ所村の古びた事務所で、男性は事もなげに話した。

 「核のごみは、このまま村さ置いておいたっていいんだ。村民の半分くらいはそう思ってんでねえか」

 男性は重鎮村議の一人。村内で一時保管されている高レベル放射性廃棄物(核のごみ)を、村で最終処分しても構わないとの思いを明かした。

 村にある高レベル廃棄物は、国内の原発から出た使用済み核燃料をフランスや英国で再処理後、残った廃液をガラスで固化したものだ。専用容器に入れられて村に海上輸送され、日本原燃の貯蔵管理センターで保管されている。

 村が初めて受け入れたのは1995年4月。以来、両国から容器1830本(1本当たりのガラス固化体約500キロ)が返還され、さらに約380本が戻ってくる。村内にある日本原燃の使用済み燃料再処理工場が稼働すれば「自家生産」のガラス固化体が生まれ、保管数はさらに増える。

 全国知事会は毎年、原子力政策に関する国への提言に「最終処分地の早期選定」を盛り込む。2年前、その項目に「一時貯蔵管理の期限も踏まえ」という一文が加わった。「2020年に青森県での保管期間の半分が経過するため、国への働き掛けが必要になっている」との理由だった。

 日本原燃は「搬入から最長50年で各電力会社に村外搬出させる」と村と県に約束している。最初の搬入分は2045年に期限を迎える。県は「青森を最終処分地にしない」とした国の確約を歴代政権に確認し続けており、期限後の保管を認めない方針だ。

 国は最終処分地の選定に20年、処分場の建設にさらに10年を見込む。45年までに処分場の運用が始まる可能性は極めて低い。一方で各電力会社による村外搬出も行き先は当てがなく、絵に描いた餅でしかない。

 村での保管が年を重ね、運び出す先の見通しが立たないことの意味を、村民は冷静に受け止めている。

 重鎮村議は最終処分地化を容認する条件として「村の若者たちが議論して決めること」を挙げる。処分場が完成する頃に生きている世代の意思次第と考えている。

 村の北隣にあり東北、東京両電力の原発を抱える東通村。07年初頭、越善靖夫村長(78)が「原発もない地域で一から理解を求めるのは困難」として、村を含む県内への最終処分場誘致に前向きな姿勢を示したことがある。すぐさま県が火消しに走り、越善氏はその後、口をつぐんでいる。

 ある元県幹部は最終処分地として「東通がベストだと思っている」と打ち明ける。村の東側は太平洋に面して輸送に利点がある上、隣接するむつ市と六ケ所村に原子力施設が立地。誘致のネックとなる周辺自治体の理解も得やすいと考えられるためだ。

 元幹部は私論と断った上で、県内での最終処分の議論さえ拒む県の姿勢に異を唱える。「少なくとも青森県で生まれる核のごみを県外に持って行くのは虫のいい話。発生地で処分することが良識ある考え方だ」

 議論の火種は燃えることなく、くすぶり続ける。

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