高台移転(1)持続性/進む高齢化、見えぬ未来

空き家が並ぶ災害公営住宅を見回る民生委員の遠藤さん=昨年12月21日、石巻市十八成浜

 東日本大震災の津波被災地で、被災者がまとまって高台などに移る防災集団移転促進事業=?=が導入された。山を削り、宅地を造成する大工事は完了まで約8年かかり、新天地は人口減少と高齢化に直面している。津波からの「完全防御」を目指した住まいの再建策と、その課題を考える。

 雨戸が閉め切られたままの空き家が肩を並べる。庭先に人の背丈ほどに伸びたススキが風に揺れる。

 石巻市の牡鹿半島にある十八成(くぐなり)浜団地。市は防災集団移転促進事業を活用して海抜約20メートルの高台を切り開いた。2016年までに住宅7戸分の宅地と、平屋の災害公営住宅24戸を整備した。今は公営住宅7戸が空き家になり、住民は35人ほどにとどまる。

 「毎年誰かがいなくなっていく」

 公営住宅に1人で暮らす後藤美奈子さん(79)がつぶやく。16年夏に仮設住宅から移り住んで以来、くしの歯が欠けるように住民が減っていく現実を目の当たりにしてきた。

 団地の住民は、ほとんどが高齢世帯。年を追うごとに高齢者施設に入所する人や、病気で亡くなる人が増えた。高齢の住民が生活拠点を親類宅に移すなどして、事実上の「空き家」は7戸より多いという。

 後藤さんも体調面に不安があり、万が一に備え、自宅内に隣人の電話番号を大きく書いたスケッチブックを置く。「年を取り、誰もが自分のことで精いっぱい。団地の将来なんて分からない」

 十八成浜には震災前、約150世帯約300人が暮らしていた。震災から約半年後の11年10月、住民は高台移転による復興を目指し、市と調整を進めた。当初は被災世帯のうち53世帯が、高台に住まいを自力再建する意向だった。

 1年後の12年10月時点の意向調査では、自力再建を目指す世帯は7まで減った。若年層を中心に多くの被災者が浜を離れ、災害公営住宅の入居希望者も大半が高齢世帯となった。

 同じような形や色の家が立ち並ぶ「都市化」された雰囲気の移転団地で、かつての集落の慣習も廃れた。十八成浜には出産や入学、結婚など慶弔の記念品を贈り合う「義理首尾(ぎりすび)」と呼ばれる習わしがあった。

 団地で最も早く自宅を再建した酒店経営の沼倉憲一さん(73)は「昔は相手を捜し出してでも義理を返した。今となっては仕方ない」と現実を受け止める。

 かつては近所の人が風邪をひいたことも自然と分かるほど、住民同士のつながりが深かった。沼倉さんは「今は知人が亡くなったことを人づてに聞き、驚くようになってしまった」と表情を曇らせる。

 民生委員の遠藤信子さん(72)は月1回、お茶のみ会「くぐなりサロン」を団地内の集会施設で開いてきた。新型コロナウイルスの影響で昨夏に中断したが、参加者はもともと減少傾向にあり、団地の衰退をひしひしと感じていた。

 団地内に20年8月、牡鹿半島で被災地支援の経験がある北海道出身の30代の男性が移り住んだ。市が19年、被災者以外も災害公営住宅に住めるよう基準を緩和したためだ。

 それでも遠藤さんは「3年後に住民は今の半分になるのではないか」と語り、高齢化に拍車が掛かる浜の現実に危機感を募らせる。

小規模団地の活用を模索

 東日本大震災の被災自治体の多くが、防災集団移転促進事業を活用して集落を高台や内陸に移転させた。1972年に制度化された防集事業が、津波被災地で広域的に展開されたのは初めて。震災から9年10カ月がたち、移転団地の持続性をはじめ、さまざまな課題が浮かび上がっている。

 石巻市は54地区に民間宅地1464戸分と災害公営住宅1175戸を整備した。事業を利用した岩手、宮城、福島3県の26市町村のうち地区数、整備戸数とも最も多い。

 24の移転団地が集中する牡鹿半島の住宅整備数と、主な団地5カ所の現状は図の通り。宅地と公営住宅を合わせて10戸未満の団地が7地区、10~19戸の団地が10地区と全体の約7割を占め、20戸以上(最大57戸)は7地区にとどまる。

 計画作りから造成まで時間を要し、被災者が他の場所に住まいを再建したケースも目立つ。佐須地区では被災者の再建計画の変更が相次ぎ、半数以上の8戸分の宅地が空いたままだ。

 災害公営住宅では、介護が必要になった高齢者らの退去が相次ぐ。牡鹿半島では少なくとも16戸が既に空き家となり、雄勝、北上、河北の各地区を含めた半島沿岸部全体で30戸以上ある。空き宅地は少なくとも82戸分ある。

 石巻市の亀山紘市長は「高齢化は今後も続く。若い世代に移住先などとして使ってもらうことが重要」との認識を示す。

 市は2019年、災害公営住宅に被災者以外も入居できるよう要件を緩和した。空き宅地も20年6月、国が「復興に寄与する」と判断した場合は共同住宅などの建設が可能になった。

 空き宅地に水産関連企業の寄宿舎が建設されたケースはあるが、実績はまだ数件にとどまる。亀山市長は「水産業の担い手育成も視野にPRしたい。テレワークができる通信環境の整備も必要になる」と先を見据える。

 小規模な移転団地の持続性について、県や石巻市も問題意識を持ち、計画段階で集約を検討した経緯がある。だが、被災者の浜単位の結束や生まれ育った浜への愛着を背景にほぼ立ち消えとなった。

 元牡鹿町長の木村冨士男さん(83)によると、牡鹿半島では浜ごとに漁業権を持つ住民が協力して漁に励み、実業団や青年団といった組織が地域行事を熱心に運営してきた。「『自分の集落で家を再建したい』という思いが、みんな強かった」と説明する。

 集約を試みようとした亀山市長も「自らの浜で取れる海産物へのプライドや、浜を離れることへの抵抗感があった」と振り返る。

 東北工大の稲村肇名誉教授(土木計画学)は「小規模でも漁業がうまくいっている集落は持続性がある。本格的な漁師をどう育てるかが課題になる」と指摘。「集落を離れた元住民に地域づくりに参加してもらう仕組み作りなど、復興した浜を『活用』する意識が必要だ」と訴える。

[防災集団移転促進事業]被災した住宅の集団移転費を国が措置する事業。移転先となる団地の用地取得費や造成費に加え、被災者の土地・住宅取得に関する借入金の利子相当額を補助。1地区10戸以上だった条件が、東日本大震災で5戸以上に緩和された。岩手、宮城、福島3県の計321地区に民間宅地8389戸分と災害公営住宅4140戸を整備。宅地造成は2020年3月末に完了した。

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