第2部(1)ホットスポット、地域を分断

原発事故直後の放射性物質測定結果を示す菅野。上小国地区が飛び地のように高濃度の黄色に染まっている=伊達市役所

◎伊達市議・菅野喜明(44)=伊達市

 「地域は放射能のプルーム(雲)の直撃を受け、今度はギロチンを落とされたようになっている」

 2011年6月、政府から新たに「特定避難勧奨地点」として指定された伊達市上小国地区。上小国を地盤とする菅野喜明(44)が市議会9月定例会で一般質問に立ち、厳しい口調で地元の苦境を訴えた。

 求めたのは東京電力福島第1原発事故で生じた住民間の亀裂の修復。「絆が強かった元の古里に戻してほしい」という思いが菅野を突き動かした。

 山あいの田園地帯の上小国は第1原発から約50キロに位置する。年間積算線量が20ミリシーベルト超の計画的避難区域には含まれず、住民は避難を求められなかった。

 「原発なんて見たこともない。影響が上小国まで及ぶとは思わなかった」。事故後間もなく田植えの準備が始まるほど、放射能汚染への危機感は少なかった。

 一変したのは4月。局地的に線量が高い「ホットスポット」が福島県内で次々と見つかった。

 小国小の校庭でも事故前の通常時の120倍相当の毎時6・21マイクロシーベルトの空間線量が検出された。保護者は被ばくの恐怖におびえ、わが子にマスクや長袖、長ズボンを着せて通学させた。

 追い打ちを掛けるように6月、上小国、下小国両地区で年間積算線量が20ミリシーベルトを超えることが判明。政府は両地区で特定避難勧奨地点を指定し、調査した世帯が20ミリシーベルトを超える場合は支援する方針を示した。

 全住民に避難を促す計画的避難区域と異なり、特定避難勧奨地点は各世帯が単位。避難するかどうかの判断も世帯に委ねられた。

 「計画的避難区域のような一律避難ではなく、住民判断を尊重する形になってありがたい」。当時の市長仁志田昇司(76)は賛意を示したが、菅野は複雑だった。「世帯ごとに指定したりしなかったりすれば地域の分断を招かないか」

 不安は的中する。1人当たり月10万円の慰謝料や住民税の免除などを受けられないことに未指定の世帯から不満が噴出。地域に不信が渦巻き、見えない溝が広がった。

 政府が指定した世帯を公表しなかったことも疑心暗鬼を増幅させた。「勧奨地点なのになぜ避難しないんだ。ぶっ殺すぞ」。未指定だった菅野の家にも脅迫の電話がしょっちゅうかかってきた。

 「狭い地域で共に放射線への不安を抱えている。格差は不当だ」

 菅野らの呼び掛けに応じた323世帯が裁判外紛争解決手続き(ADR)を申し立てたのは13年2月。その1年後、東電が1人月7万円の慰謝料を支払うといった和解案を受け入れ、最終決着した。

 「日本最初の農業協同組合」と刻まれた石碑が菅野の自宅近くに立つ。地元の名士佐藤忠望が1898年に設立し、零細農民が低利で資金を融通し合った「上小国信用組合」。寒村時代から培われた絆の強さは住民の誇りだ。

 賠償を巡って絆は一度断ち切られたが、共存共栄の精神があれば必ず修復される、と菅野は信じる。

 「原発事故は、地方議員として生きる覚悟を固めるきっかけにもなった。事故で失われた地区の元気を取り戻したい」
(敬称略)

 東日本大震災と原発事故の複合被災地・福島は、時間の経過とともに混迷の色合いを深めていった。放射能汚染と向き合った住民は分断を迫られ、地域に根差した産業は出荷停止に追い込まれた。

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