<まちかどエッセー・菅井理恵>テニアンの鳥居

菅井理恵[すがい・りえ]さん フリーライター。1979年喜多方市生まれ。テレビ局の記者を経て、写真家・宍戸清孝氏に師事。写真集・写真展の構成などに携わるほか、情報誌や経済誌などで人物ノンフィクションやエッセーなどを執筆。情報誌「りらく」では「東北における戦争」をテーマに「蒼空の月」を連載している。仙台市青葉区在住。

 大学生の頃、留学生と交流するサークルに所属していたことがある。何とはなしにいつもの部屋に集まっていると、数人で宗教の話になった。南アフリカ、韓国、イランの人もいただろうか。日本人は私を含めて2人。1人は、敬虔(けいけん)なカトリック教徒だった。

 信仰を尋ねられた私は「仏教」と答えたあと、「神棚もある」と言った。日本の仏教に詳しい人から宗派を聞かれたが、すぐには思い出せない。「それが日本人の不思議なところ」という声が聞こえて「無宗教」と口に出しかけ、それも違うと思いとどまる。

 実家の敷地には屋敷神が祀(まつ)られていて、近くには地域で守り継ぐ質素な神社もあった。神や仏は生活の中にあって、誰に強制されるわけではなく、人知の及ばぬ何かがあると信じていた。

 11年前、北マリアナ諸島にあるテニアン島を訪れたことがある。多くの観光客が訪れるサイパン島から、セスナ機でわずか10分。レンタカーを借りて、自動販売機も公衆トイレもない、一本道を走る。原子爆弾を搭載したB29が飛び立った島として知られるが、日本の委任統治領だったこの地には、優に1万人を超える、軍人ではない日本人が暮らしていた。

 自然に委ねられた土地で、日本人が暮らした痕跡は、南国の緑に埋もれていた。消防署や遊郭…。建物に刻まれた文字の凹凸が薄れ、一部が崩れかけていることに、時の流れを感じる。

 その中に、当時作られたまま残されている鳥居があった。照りつける太陽の下で、ファインダーをのぞいて見上げると、「おそれ」を感じて戸惑う。神域と俗界との境界を表すといわれる鳥居。日本から2000キロ以上も離れた島で、日本の繁栄を願う鳥居は異界への入り口のようにも見えた。

 翌日、サイパン島で日本軍の戦車に触れた。敵弾を防ぐための甲鉄板は驚くほど薄く、さびてささくれ立った戦車はおもちゃのように思えた。立派な鳥居の先に住まう神々の下で戦った日本。あの神は、私が信じる神より少し堅苦しい。大学生の頃、さまざまな国の学生と共有した豊かな時間を思い出すたび、戦争と神が結びついた歴史を考える。
(フリーライター)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。


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