【原発事故と私 福島の10年】第3部(3)除染に感じた「偽りの復興」17字に

除染土を一時埋めた自宅の駐車場の一角を見つめる中村=福島市大森

◎高校教諭 中村晋(53)=福島市

 「被曝(ひばく)」「線量」「核」「仮設」。福島市の高校教諭中村晋(53)は2019年12月、句集「むずかしい平凡」を自費出版した。収録句には東京電力福島第1原発事故を想起させる言葉が多く並ぶ。

 「除染」もその一つ。

 <人間よ万緑をどう除染する>
 <雪とけて村いっぱいの除染ごみ>
 放射能に汚染された福島の悲しさを生活者の視点から17文字で表現する。「まさか自作の句に『除染』という言葉を使う日が来るとは」。未曽有の災害は作風を変える契機にもなった。

 歳時記を手に取ったのがきっかけで、25年ほど前に俳句の世界に足を踏み入れた。俳人の故金子兜太(とうた)に師事し、自然豊かな福島の風景を多く詠んだ。

 11年3月、原発事故で放出された放射性物質は60キロ以上離れた福島市にも降り注いだ。事故前の600倍に相当する毎時24マイクロシーベルトの空間線量を計測し、市民は放射能の恐怖におびえた。

 長男は当時幼稚園児。被ばくを避けようと窓を閉め切り、換気扇もふさいだ。それでも不安で、妻子を山形県川西町に避難させた。

 放射能への不安と生活の変化が重なり、創作意欲がなえた。「季語も何もかも汚染された。桜が咲いても被ばくしているイメージがつきまとう。今までの価値観や季節感で詠む心持ちになれなかった」

 心持ちが変わったのは同年5月。

 <春の牛空気を食べて被曝した>
 突然、頭に浮かんだ。金子の<猪(しし)がきて空気を食べる春の峠>がモチーフになった。

 「歳時記でイメージした句ではなく、福島で生きる自分しか作れない句を作ろう」。被災地のリアルを積極的に詠むようになった。

 自宅の除染は15年11月に始まる。市の委託業者が高圧洗浄機で屋根や雨どいを丹念に洗浄し、庭の表土を取り除いた。地域に保管場所はなく、除染土は自宅駐車場の一角に埋められた。

 <蟻(あり)光るよ被曝の土を埋めし土も>
 除染土を埋めた地面にアリがうごめく姿を見つけて詠んだ。何の罪もない小動物が放射能と共存させられる不条理さを感じた。同時に、原発事故に翻弄される人間がアリのような小さな存在のようにも思えた。

 駐車場の除染土は19年9月に掘り出された。市内各地の仮置き場に山積みになっていた大型土のうもなくなり、更地となった。

 除染土は確かに街からは姿を消したが、第1原発周辺に整備された中間貯蔵施設には連日、大量に運び込まれている。

 これは除染なのか。単に置き場を移しただけの「移染」ではないのか。除染土をどうするかという本質的な問題は、何一つ解決されていないのではないか。

 「政府は、日常を取り戻したことを演出するために除染土の撤去を急いだ。都合の悪い物を中間貯蔵施設に押し付けただけで、われわれは復興が進んだなどと思ってはいけない」

 そんな思いを込めた句を昨年10月に作った。

 <除染とは改竄(かいざん)である冬の更地>
(敬称略)

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