「復興再考」第9部 社会の行方(1) 尺度/被災者の「心」量れず

西サロンでリース作りを楽しむ参加者。復興達成宣言後も被災者支援が続けられている=2月17日、名取市

 東日本大震災の発生から間もなく10年となる。巨大な地震と津波、そして東京電力福島第1原発事故は日本社会に衝撃を与え、人々の価値観を揺さぶった。破局の淵から私たちは何を学んだのか、変わることができたのか。現在地から考える。

 宮城県内で唯一、「復興達成」を高らかに宣言した名取市。その足元では被災者を支える取り組みが続けられている。
 「すごく楽しい。今日も笑って帰れる」
 市の内陸部にある大手町の被災者交流拠点「西サロン」で2月17日、福島県浪江町出身の女性(75)がリース作りに励んでいた。
 「何年たっても今の環境に慣れないけど、振り返っても元に戻らない。サロンのスタッフに助けられている」
 東京電力福島第1原発事故後、避難先を10カ所近く転々とした。夫が病死し、古里への帰還は諦めた。名取市に移り、娘一家と暮らして5年以上たつ。毎朝届けられる1日遅れの福島県の地元紙が女性と古里をつなぐ。
 インフラ整備がほぼ終了したとして、名取市が「復興達成宣言」を出して1年。「ポスト復興」の歩みの中で、施策は震災前の事業の枠組みに戻りつつある。コミュニティー支援や見守り関連の予算は2021年度に25%減る見通しだ。
 市議の小野寺美穂さん(60)は「宣言は行政側の区切りであり、家族を亡くした人たちの傷は癒えない。月日がたって表面化する問題もあり、個人の復興の到達点はあるのか」と語る。

 被災者が復興を感じる要素は何か。1995年の阪神大震災で兵庫県の生活復興調査などを分析した同志社大の立木茂雄教授(福祉防災学)は、住まいや暮らし向きの安定や心身ストレスの低下に加え「つながりの豊かさ」に着目する。
 名取市でも同様の調査をした立木教授は「人とのつながりが、被災者が新たな幸せを見つけ出す源になる」と指摘する。
 被災者の心のケアなどのソフト事業を巡り、宮城県の村井嘉浩知事は「阪神大震災を参考に四半世紀で考えるべきだ。最低でもあと15年は支援を継続する必要がある」との認識を示す。
 知事の問題意識とは裏腹に、県は被災自治体と共同で実施してきた災害公営住宅入居者の健康調査を20年度で打ち切る。
 「飲酒状況」「相談相手の有無」「不眠」「心の動揺」-。被災者の心の内側に迫る項目を継続して尋ねており、被災者支援団体からは「実態が分からなくなる」と批判の声が上がる。

 国が復興を測る指標は避難者数や仮設住宅入居者数の推移、公営住宅やインフラの整備状況、各種統計など客観的なデータが中心。被災者の「心の復興」を推し量る共通の尺度は、震災10年の今も確立していない。
 日本学術会議社会学委員会の分科会は20年9月、被災者の状況を継続的に観察、評価する仕組みの導入を国に提言した。
 分科会委員で東北大大学院経済学研究科の増田聡教授(地域計画)は「仮設住宅の方が良いと感じたり、原発事故の被災地に帰らないと決めたり、統計では分からない意識の部分がある。復興の全体像の中でどんな調査が必要なのか議論されていない」と問題提起する。

変わる価値観、幸福度指標を設定

 岩手県は事業の進捗(しんちょく)や統計などの客観的な指標だけではなく、独自の主観的な指標で復興感を継続調査している。復興の原則とする「被災者の生活」「地域経済」「災害に強い安全なまちづくり」に絞り、回復実感を沿岸市町村の153人に継続して質問している。
 対象は「被災地の動きを観察できる立場」(県復興推進課)という郵便局員や教員、漁業者、金融機関や福祉施設の関係者らだ。
 景気ウオッチャー調査を参考に「いわて復興ウオッチャー調査」と銘打ち、がれきが残る2012年2月に始めた。当初は年4回、現在は年2回実施する。
 今年1月の第25回までの回復実感指数の推移はグラフの通り。回復実感は「被災者の生活」の方が「地域経済」より高い。ピークはそれぞれ20年1月(66・4)と19年7月(42・2)。ハード事業が進んだ一方で、復興感が最近低下していることが分かる。
 県復興推進課の担当者は「人口減少や高齢化、不漁、復興需要の終了などの不安感に加え、新型コロナウイルス禍の影響が大きい」と分析する。
 調査などを踏まえ、県は21年度、沿岸部に新たな被災者支援拠点を設置する。住宅ローンの返済や災害公営住宅の家賃上昇といった住宅再建後の課題に対応するため、個別計画を作成して被災者に伴走する形の支援を目指す。

 「一人一人の幸福追求権の保障」「人間本位」。県は復興計画でこうした理念を掲げ、県政全般に拡大させてきた。新たな県総合計画(19~28年度)は「仕事」「家族」「コミュニティー」などを起点に政策体系を見直し、各分野に幸福度指標を設定した。
 幸福度指標は経済成長とは一線を画し、心の豊かさに重点を置く。ブータンが国家理念とする「国民総幸福量」(GNH)が知られるように、東日本大震災後に国内でも関心が高まった。
 「震災を契機に、幸福とは何かという価値観や人生観が大きく変わった人も多い」。内閣府の幸福度研究会は11年5月、検討の意義をメッセージで強調。同12月、震災を踏まえて家族や地域、自然とのつながりを重視した幸福度指標試案を公表した。東北活性化センター(仙台市)も18年に指標を策定した。

 国は震災復興で「創造的復興」を掲げた。巨額予算を投じて安全性を追求する高台移転や地盤のかさ上げ、防潮堤整備の事業を展開した。一方で長引く事業に被災者の意向が変化し、岩手県でも住民の分散が進んだ。
 岩手県の震災復興に関わる岩手大の斎藤徳美名誉教授(地域防災学)は「膨大な公共事業が被災者の再建意欲を打ち砕いてしまったのではないか。コミュニティー崩壊など、住宅を確保しても生きがいを失って復興と言えるのか」と自問する。
 斎藤名誉教授は、新潟県中越地震の被災地旧山古志村(現長岡市)で出会ったある区長の言葉の意味をかみしめる。
 「復興とは、そこに住む人が幸せに死ねると思ったときだ」

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