「震災忘れず闘う」卓球・張本 故郷仙台への思い

2014年6月、「WASURENAI 3・11」の言葉が刻まれたユニホームを着てプレーする張本=横浜文化体育館

 卓球で東京五輪に日本男子のエースとして挑む仙台市出身の張本智和(17)=木下グループ=は、東日本大震災の発生時は同市立東宮城野小の1年生だった。あの日から10年。オンラインでのインタビューに応じ、故郷への強い思いを語った。

  ◇
 -被災当時、どんな状況だったか。

 「家で学校の宿題をやっていて机の下に隠れた。地震が続いて家族でトイレに駆け込み、止まってから近くの公園に逃げた。夜は車の中でろうそくで過ごした記憶が」

 -当時の思いは。

 「急な出来事で本当に怖さと驚き、その二つの気持ちしかなかった」

 -2012年ロンドン五輪女子団体で卓球界初の五輪メダルを獲得した同じクラブ出身の福原愛さんが、五輪直後の9月に東宮城野小にメダルを持って訪れた。

 「はっきり覚えている。初めて五輪のメダルを生で見せてもらって食らいつくように見た。あの頃はうれしいことがなく、ただただつらい日常だった。メダルを見せてもらえるだけでホッとした。初めて自分もこのメダルが取りたいと思うようになった。次は自分が勇気を与える立場」

 -風化への危機感もあると思うが。

 「今は関東が拠点だが自分はいつまでも宮城県民、仙台市民の気持ちでいる。日常の中で常に新しい問題が起きて、それに気を取られてしまう。10年が経過したが、僕は今でも忘れずに胸に秘めて闘っている。新型コロナウイルスの感染が収束したら東北や宮城に足を運んでもらい、復興途上の被災地を見てもらいたい」

 -仙台についてどう思っているか。

 「仙台駅からの景色を見ると、その瞬間は卓球のことを忘れられる。ここだけは、自分をゼロに戻せる場所」

 -日本代表のユニホームには今も「WASURENAI 3・11」の文字が記されている。

 「日本代表の中で、仙台出身や東北出身の選手は少ない。被災した当時、東北にいた選手もなかなかいない。震災を忘れないという気持ちを持ち続けてプレーする」

 -東京五輪は新型コロナ禍を乗り越え、震災からの復興をアピールする大会になる。

 「コロナに打ち勝つための五輪でもあるが、宮城県出身選手として復興五輪を強く発信していきたい。コロナ禍の五輪と復興五輪。この二つを忘れずコートに立ちたい」

支援活動積極的 クラウドファンディングも

 卓球日本代表のウエアには10年前の震災直後から「WASURENAI 3・11」の言葉が刻まれ、選手はそのメッセージが入ったユニホームで国際大会を戦う。震災時は7歳で既に年代別の全国大会優勝も経験し、世界での活躍を夢見ていた。日本男子のエースに成長した張本は被災地復興への思いを強く抱き、支援活動にも積極的に取り組む。

 犠牲者の慰霊碑などに花を届ける「絆ジャパンプロジェクト」に賛同し、自身の会員制交流サイト(SNS)を通じてクラウドファンディングへの支援を呼び掛けた。2月に締め切ったプロジェクトには目標金額を上回る約95万円の支援金が集まった。中学進学を機に上京した張本は「仙台、東北のことを忘れたことは一度もない」と、東北のアスリートを代表する気持ちで今も戦う。

[はりもと・ともかず]中国出身の両親の下、2歳で卓球を始める。16年世界ジュニア選手権で2冠獲得。18年の全日本選手権、同年国際卓球連盟(ITTF)グランドファイナル制覇など国内外で数々の最年少優勝記録を持つ。

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張本、小学生初の8強 全日本卓球ジュニア
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