東京・上野から「非核の火」を福島・楢葉に移設

「非核の火」のモニュメントの前であいさつする早川さん=11日午後2時35分ごろ

 東京電力福島第1原発事故で一時全町避難した福島県楢葉町の宝鏡寺に11日、東京・上野の東照宮で30年間燃やし続けられた「原爆の火」が移設された。原発事故被災地から「非核の火」として脱原発と平和のメッセージを伝える。

 原爆の火は兵役で原爆投下直後の広島にいた男性が親族の家に残っていた火をカイロに採取し、故郷の福岡県星野村(現八女市)に持ち帰った。その後、反戦のシンボルとして全国各地に分火された。
 上野の東照宮では1990年から「広島・長崎の火」として市民グループによって燃やし続けられてきた。防火上の理由で2006年ごろに移転を迫られたが、受け入れ先探しは難航したという。
 20年1月、市民グループの理事長を務める弁護士の小野寺利孝さん(80)がいわき市出身という縁で、宝鏡寺住職で福島原発避難者訴訟原告団長の早川篤雄さん(81)に相談し、移設が決まった。今年1月には有志による「『非核の火』を灯(とも)す会」が結成された。
 11日に現地であったセレモニーでは、上野で使われていた点灯装置などを組み込んだ新たなモニュメントが披露された。境内には広島や長崎をはじめ米国が1954年に水爆実験をした太平洋ビキニ環礁、そして福島の被害を伝える「伝言館」も設けた。
 灯す会共同代表の伊東達也さん(79)は「福島は非人道的な被害を受けた点で広島や長崎と共通する。二度と原発事故を起こすなと福島から世界に伝えていきたい」と話した。
 早川さんは「原発事故は豊かな自然と平和な暮らしを人々から奪った。火を継いできた先人たちの思いを胸に、平和のために努力していく」と決意を述べた。

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