津波被災の古時計、10年経て動きだす 2月の地震翌日に「カチカチ」

再び動きだした掛け時計を見つめる坂野さん=宮城県山元町の普門寺

 東日本大震災の津波をかぶり、修理しても止まったままだった宮城県山元町の普門寺の掛け時計が、最大震度6強を記録した2月13日深夜の地震をきっかけに、再び時を刻みだした。住職坂野文俊さん(58)は「本当の復興はこれからというメッセージではないか」と受け止め、11年目に入った被災地に向き合う。

 掛け時計は直径約85センチの丸形でぜんまい式。服部時計店(現セイコーホールディングス)の製造部門「精工舎」製で、大正期か昭和初期に製造された製品とみられる。震災の数年前、骨董店で見つけた。

 10年前、津波は海に近い寺の1階天井まで押し寄せ、寺は柱を残して大破。内部はがれきで埋まった。入り口近くに掛けていた時計は、ガラスを含め外観に大きな損傷はなかったが、分解修理に出しても直らなかった。本堂の壁に移し、飾っていた。

 2月の地震で町内は震度6弱を観測。寺は基礎部分のひび割れや祭壇の燭台(しょくだい)が倒れるなどの被害が出た。翌14日、カチカチという音に気付き、見上げると、針が進んでいた。定時を知らせるボーンという鐘も鳴るようになった。

 坂野さんは「地震の震動がどう影響したのかは分からない。ただ、ここからが復興のスタートだと言われている気がする」と、5日ごとにぜんまいを巻く。

 この10年間、家々が流され、荒れ地となった沿岸部の復興にがむしゃらに取り組んできた。普門寺は全国からボランティアが集う拠点となった。2014年からは月1回、「てら茶房」を開き、地区外に移った元住民や支援者が交流する場となった。

 新型コロナウイルスの影響で活動は昨年2月を最後に中断。再び先が見えない日々が始まり、心が折れかけた。「もういいかな」。10年を節目に区切りを付けることも頭をよぎった。古時計の復活はそんな弱音を一喝するかのようだった。

 「沿岸部をどう再生していけばいいのか答えは見えない。住民が笑顔になるように、一緒に模索していきたい」。坂野さんの歩みも止まらない。

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