<まちかどエッセー・深沢昌夫>ふくら雀の来る庭で

深沢昌夫[ふかさわ・まさお]さん 1963年盛岡市生まれ。東北大大学院博士課程中退。98年度歌舞伎学会奨励賞受賞。宮城学院女子大教授。同大学芸学部日本文学科長。専門は古典文学と芸能。著書に『現代に生きる近松-戦後 60年の軌跡』など。仙台市青葉区在住。

 それは音もなく忍び寄る。気が付くとそこにいる。気付くのはたいてい家人である。1羽、2羽ではない。1、2、3、4…おそらく12、13羽はいるだろう。雀(すずめ)が群れをなして庭に来ているのである。昨日も来た。一昨日も来た。丸々と太っていて見るからにかわいい。
 頃は1月中旬の、緑もまばらな冬枯れの小さな庭で、雀たちはせわしなく歩き回り、飛び回り、いったいそんなに食べものがあるのかどうかもよく分からないが、一生懸命何かをついばんでいる(雀は雑食ですから何でも食べます)。あまりのかわいらしさにビデオでも撮ろうかと手元のスマホにそっと手を伸ばす。と、そのちょっとした動きで雀たちは一斉に飛び去ってしまう。ああ…今日も失敗した。驚かしてごめんよ。でもどうして君たちはそんなに敏感なのか。もちろん敵の多い過酷な生存環境を生き延びるためである。だがまあいい、雀たちはまた明日もわが家に来てくれるであろう。
 雀は四季を問わず見掛ける、最も身近な鳥の一つと言ってよい。中でも冬の雀たちは皆丸々と太っていて、かわいらしいことこの上ない。冬の雀が太っているのはただでさえエサの乏しい冬を乗り切るために身の内に栄養を蓄えているからであり、かつまた冬の寒さから身を守るために羽毛を逆立てているからである(つまり着ぶくれ状態ですね)。かくして真冬の雀、寒雀はそのふっくらとしたフォルムから「ふくら雀」とも呼ばれてきたが、私たちの祖先はこれに「福来雀」「福良雀」の字を当てて、縁起の良いものとして親しんできた(日本人は昔から言葉遊びにたけているのである)。
 新型コロナウイルスはまだ終息する気配もないが、この愛すべき小鳥たちがいずれ、楽しげなさえずりとともに福を運んできてくれるといいなあ。そんなことを思いながら、次は絶対撮ってやる…と固く心に誓うのであった。

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。

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