「原発漂流」第6部 揺れる司法(1)看過/津波の危険 最悪の証明

炉心溶融を辛うじて免れた福島第2原発(手前)。奥に福島第1原発が見える=2012年9月

 3基目の原子炉建屋爆発の報を聞き、心を決めた。

 「急いで避難だ。このままでは仙台も危ない」

 東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)が大津波にのまれた4日後の2011年3月15日夜、弁護士小野寺信一(73)=仙台弁護士会=は家族を連れて車で山形市へ向かった。「そんな大げさな」と渋る妻を説き伏せた。

 壊れた建屋の映像を見て絶望した。「電源喪失で炉心を冷却する装置が作動せず爆発を招く恐れがある」。かつて法廷で訴えたものの「危惧懸念の類い」と被告の国にあしらわれた主張の正しさが、最悪な形で証明された。

 小野寺は1975年から原発裁判に関わる。東電福島第2原発(楢葉町、富岡町)の周辺住民が国の原子炉設置許可の取り消し訴訟を福島地裁に起こした際、福島市で弁護士活動を始めたばかりの小野寺も住民側代理人に名を連ねた。

 訴訟は事故想定を巡る国の安全審査の是非が最大の争点となった。国や東電は放射能が外部に大量放出される事態は「技術的に起こりえない」と主張した。

 当時、海外では過酷事故が相次いだ。提訴4年後の79年に米国でスリーマイル島原発事故が、控訴審が続いていた86年に史上最悪級の原子力災害となる旧ソ連のチェルブイリ原発事故が起きた。原発への不安が国内でも広がる中、国と東電の事故想定の甘さを指摘する住民側の主張は説得力を増したはずだった。

 「結局のところ原発をやめるわけにはいかない」「安全性を高めて原発を推進するほかない」。一審に続き住民側の訴えを退けた90年の二審仙台高裁判決に、小野寺は愕然(がくぜん)とした。判決は訴訟と直接関係のない反原発の世論にまで言及し「反対ばかりしていないで落ち着いて考える必要がある」と説いた。2年後、最高裁で敗訴が確定した。

 司法が「問題なし」とした国の安全審査は、大津波の危険を見過ごしていた。第2原発も第1原発と同様に津波で水没。外部電源が辛うじて1回線のみ無事だったため大惨事を免れたが、当時の第2原発所長は「炉心溶融と同様の事態になるまで紙一重だった」と認める。

 2019年11月、東北電力女川原発(宮城県女川町、石巻市)の周辺住民が再稼働に同意しないよう県と市に求める仮処分を仙台地裁に申し立てた。住民側弁護団長の小野寺は、重大事故を想定した広域避難計画の不備を主張し再稼働同意の可否を問うという、全国でも例のない構成にした。

 原発自体の安全性を争う通常の裁判は専門用語が飛び交い、素人は理解しづらい。「避難計画なら住民の視点で原発の是非を問える」と考えたためだ。

 仙台地裁は「避難計画に不備があったとしても再稼働同意の差し止めは法的にできない」と判断。20年10月、申し立て却下の決定が仙台高裁で確定した。

 「福島の事故が収束に向かったのは奇跡だった。これに報いなければ、次はもうないよ。落ち込んでいられない」。小野寺は今後の一手を思案する。(敬称略)

 原発の稼働は是か非か、各地の法廷で応酬が続く。安全性にお墨付きを与え続けた裁判所の姿勢は、福島第1原発事故を経て変化も見られる。司法が果たすべき役割とは何か。原発裁判の過去と現在から考える。
(「原発漂流」取材班)

 =第6部は5回続き

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 史上最悪級の原発事故の発生から2021年3月で丸10年。原子力事業や原発政策の何が変わり、何が変わらないのか。教訓は生かされているのか。改めて検証する。


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