「原発漂流」第7部 分断を超えて(上)烙印/不寛容が社会引き裂く

ローマ教皇に謁見後、記者会見する鴨下さん(中央)=2019年3月、フランス・パリ

 9歳の時、願い事に「天国に行きたい」と書いた。

 東京電力福島第1原発事故直後、いわき市から東京に引っ越した鴨下全生(まつき)さん(18)は当時、小学校でのいじめに日々耐えていた。

 「菌」と呼ばれる。脚に鉛筆を刺される。階段から突き落とされる-。福島からの自主避難者であることが理由だ。

 中学校では境遇を伏せた。いじめはなくなったが、心の澱(おり)は消えなかった。「ずっと隠さなければならないのか。でも、明かしてつらい日々に戻ったら…」

 知人の勧めで2018年、気持ちをつづった手紙をローマ教皇に送った。19年3月にバチカンで謁見(えっけん)し「原発事故の差別や分断に苦しむ人々のために祈ってほしい」と頼んだ。教皇は手を握ってうなずいた。

 8カ月後、来日した教皇と東京で再会した時に「自分は避難できたからよかった」とスピーチした。終了後、会場にいた男性から「どういう意味だ」と激しく詰め寄られた。事故後も福島にとどまった人のようだった。ショックを引きずり、胃に穴が開いた。

 今春、大学生になった鴨下さんは思う。「加害者は別にいるのに、苦しむ被害者同士でいがみ合う。それが分断なんだ」

 制服を着た高校生に「コロナ、コロナ」の声が投げ付けられる。

 昨年3月、女性教員の新型コロナウイルス感染が判明した郡山女子大(郡山市)は、付属高生までが誹謗(ひぼう)中傷の標的となった。

 大学に非難の電話が殺到した。職員は子どもの預かりを保育所に拒まれ、妻も勤め先から出勤を禁じられた。関口修学長(80)は二度にわたり記者会見で「ご迷惑を掛けた」と謝り、学生らへの嫌がらせをしないよう訴えた。

 今年1月、付属高のバレーボール部が全国大会に出場後、クラスター(感染者集団)が発生。「生徒らを励ましてほしい」と記者会見で呼び掛けた校長を厳しく批判する声が学校に寄せられ、制服姿の生徒は再び避けて通られた。

 原発事故でいわれのない差別や偏見にさらされた福島の人々は、コロナ禍で起きた理不尽を最も理解できるはずだった。「誰しも何かを悪者にして攻撃しないと自分を守れない、気持ちが落ち着かないと思うのかもしれない」。関口学長はこう考えることにして、怒りを押し殺す。

 意見が二分する原発政策への賛否や低線量被ばくの評価と同様に、コロナ禍でも「健康か経済か」といった二項対立が見られる。福島県立医大の前田正治教授(災害精神医学)は「互いに先鋭的になり、次第に寛容性を失う。そうして生まれた分断が差別や偏見の根底にある」と指摘する。

 原発事故避難者の心の健康調査を続けている前田教授は、コロナ禍にも共通する深刻な問題に「差別を受けた自分への偏見や罪責感、セルフスティグマ(自己烙印(らくいん))」を挙げる。

 「周囲からどう思われるかを気にして自分の体験を話せなくなり、孤立感を抱く。差別は意図的でなくても受けた側の傷は深い」。前田教授は相手への安易な攻撃を戒める。

 「見えない敵」が他者を拒絶させ、分断を残す。原発事故で生じた社会の裂け目を、私たちはコロナ禍で再び目の当たりにした。自らの考えと価値観を押し付けようとする姿勢は、原子力を巡る対立に通底してはいまいか。相互理解への手掛かりを模索する。
(「原発漂流」取材班)
=第7部は3回続き

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