震災詩歌 詠み人たちの10年(上) 行き場のない思い紡ぐ

 大切な人を失った悲しみ、望郷の念、未来への願い…。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故を経験した人たちから多くの言葉が編み出されている。この10年、被災者たちはどんな思いを詩に、俳句に、短歌に託してきたのだろうか。
(盛岡総局・浦響子)

昨日と同じような日が今日も始まりますように

 30代から詩を投稿し続けてきた気仙地域の同人誌の通算100号に、照井由紀子さん(68)=岩手県陸前高田市=はそうしたためた。

 刷り上がった冊子が手元に届いたのは、あの日の前日。ささやかな願いを記した記念誌は人目に触れないまま、店ごと跡形もなくなった。

 2011年3月11日。営んでいたジャズ喫茶「ジャズタイムジョニー」で洗い物をしていた時、大きな揺れに見舞われた。すぐ高台に避難して命は助かったが、自宅を兼ねた店舗は津波で流失。常連客や20年来の親友、何十人もの大切な人たちが犠牲となった。

突然に引き裂かれ   
何もかもが散り散り
 
生かされた感謝
生きる義務…と
振り絞った理性が
相反する思いを押しとどめるのがやっと

 仮設住宅に移ってから、震災の詩を書き始めるようになった。

 陸前高田で生まれ育ち、1975年に元夫と一緒にジャズ喫茶を始めた。離婚した2004年以降は1人で店を切り盛りしつつ、普段の生活で感じた思いを詩に書き留めていた。

 「普段の生活も震災も、目の前の出来事と向き合うこと自体は同じ」。言葉と裏腹に、仮設住宅で夜、泣きながらペンを執った。

 「詩は書けばそれで完結するけれど、現実の生活はどんどん次の問題が出てくる。果てしない」

 それでも前を向いた。被災から半年後の11年9月、市内のプレハブ仮設店舗で営業を再開した。

 たくましく生きる照井さんの姿は、中学校の同級生でNPO法人いわてアートサポートセンターの坂田裕一理事長(68)により、「YUKIKO」の題で13年に演劇化された。照井さんの詩も朗読され、陸前高田や盛岡市での上演は多くの被災者の共感を呼んだ。

本設店舗の建設現場を見る照井さん。毎日のように訪れ、完成後の姿に思いをめぐらせている=18日、陸前高田市

 津波の翌日、直感したことがある。

 「元に戻るまで、10年はかかるから頑張ろう」

 10年の間に、全国から寄付されたレコードは2500枚を超えた。常連客らが行った募金活動で800万円が集まり、4月には念願の本設店舗再建がかなう。

 「この10年間は震災どっぷり。お客さんとの会話も、震災のことばかり」

 震災前の店は、ジャズ好きもそうでない人も集まる場所だった。名物はナポリタンとコーヒー。深夜まで活気があふれていた。

 「もう一度、あの日常の時間を取り戻せたら」

 朝にケーキを焼き、「今日1番目に食べる人は誰かしら」と考える。それはどんなに幸せな時間だろう。

あれから〇年と数える日
この先も続く
痛みのさなかの気づきが
一日を照らすのか
気づきを得るために必要な苦しみか

 震災10年を機に紡いだ詩は、静かに、昨日と違う今日を受け入れていた。

河北新報のメルマガ登録はこちら
3.11大震災

復興再興

あの日から

復興の歩み

企画特集

先頭に戻る