「原発漂流」第7部 分断を超えて(中)自覚/政治の座標 民意とずれ

毎週金曜に脱原発を訴えた市民団体による活動休止前最後の集会。政治との距離は縮まらない=3月26日、首相官邸前

 宮城県で新型コロナウイルスの新規感染者が激増した3月中旬、仙台市青葉区の繁華街・国分町で懐石料理店を営む男性が、声を落として語りだした。
 「県議の感染が一番のインパクト。来客数が一時激減した」
 店では昨年11月、県議会最大会派の自民党・県民会議の議員らによるクラスター(感染者集団)が発生した。入り口に消毒液、客席には仕切りが置かれ、従業員はマスクを着用。感染対策は十分講じていた。
 宴席には16人が参加。店内に議員らの大声が響き渡り「品のない客を入れないでほしい」と常連客から苦情が出たという。政府の分科会が「感染リスクが高い」とする五つの場面のうち「5人以上」「飲酒を伴う懇親会」「マスクなしでの会話」の三つに該当した。
 「自らの行動を厳しく律し、議員としてふさわしい品位と識見を養う」。1999年、県議会が都道府県レベルで初めて制定した政治倫理条例は、議員の行為規範をこう定める。
 「県民の信託を受けた代表者であることを自覚」することも規範で求められている議員らは集団感染の約1カ月前、賛成多数で東北電力女川原発2号機(女川町、石巻市)の再稼働を容認した。世論調査で6割以上が再稼働に反対し、再稼働に賛成の県民を含む11万人が住民投票の実施を求めた中での判断だった。
 「議会に課せられた民意をくみ上げるための熟議が、残念ながらなかった」。市民団体「県民投票を実現する会」の代表を務めた多々良哲さん(62)が言う。

 新型コロナのクラスター発生と原発の再稼働。接点がないように見える二つの問題は、市民の感覚と政治の座標との乖離(かいり)を示す点で共通する。それは東京電力福島第1原発事故後にも現れた。
 2012年7月下旬、再稼働に反対する群衆が国会周辺を埋めた。参加者は主催者発表で約20万人(警察推定は1万数千人)。デモは全国各地に波及した。
 翌月、民主党の野田佳彦首相(当時)がデモを主導する市民団体代表らと面会したが、自民党への政権交代後に至るまで政府は原発利用の方針を崩さない。「女川原発の再稼働を許さない!みやぎアクション」世話人の篠原弘典さん(73)は「市民は事故の経験から学んだ。政治は過去から一歩も抜け出せていない」と嘆く。

 努力の跡もあった。福島県議会は11年秋、東電福島第2原発(楢葉町、富岡町)を含む県内全基廃炉を求める請願を採択した。最大会派の自民党は消極的な議員を「県民から総スカンを食う」と諭し、会派拘束をかけて押し切った。
 事故前は推進の先導役だった自民会派。福島第1原発、福島第2原発が立地する双葉郡選出で元議長の吉田栄光副会長(57)は「全基廃炉を求める県民の意思を見失うわけにはいかなかった」と振り返る。
 自分ごとになって初めて知る民意の重さ。新型コロナで宮城県議会は議員のクラスター発生後になって、感染者や家族らへの差別を禁じる条例案を議員提出。3月19日に可決、成立した。

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