<トップアマ>(上)挑戦 仙台市泉区・高橋誠さん(63)
仙台港向洋海浜公園(仙台市宮城野区)のビーチは全国有数のサーフポイントだ。サーファーの間では「仙台新港」の通称で親しまれている。付近でサーフショップ「m-ing」を営む高橋誠さん(63)は、40年以上通う。年齢別で競うアマチュアサーフィンの最高峰、全日本選手権で2度頂点に立ったトップ級サーファーだ。
実力者になるほど、波にボードを当て、ターンを繰り返し、時には空中に舞い、着水するなどさまざまな技を仕掛ける。派手さを競いがちな若いサーファーを横目に、高橋さんは安定感のあるライディング技術で岸辺近くまで長く乗り続ける。ベテランの真骨頂だ。
「技を繰り出しながら、どれだけ長く波に乗り切るか。乗ったら決して途中でやめない。競技を始めた18歳のころから意識は変わらない」と自らのスタイルを貫く。同時に「波に乗れること自体に感謝している。食材を味わうのと同じで、残さず最後まで味わう。競技者としての波への礼儀だ」と話す。
東日本大震災時、高橋さんのショップは、車で5分ほどの仙台新港に最も近い場所にあった。鉄骨2階の建物は大津波で全壊し、閉店に追い込まれた。近くで再建するまで1年以上を要した。
再出発までの間、高橋さんは国内各地で開催されるコンテストに精力的に出場し続けた。
2000年、全日本選手権で初優勝。震災翌年の12年に再び栄冠に輝いた。つらい経験を乗り越えての快挙だった。続く13年には世界マスター選手権(エクアドル)に日本代表として出場し9位。今年2月、63歳になった今も、国内コンテストのファイナリストであり続ける。
なぜ、戦い続けるのか? 「極めようと思っても極められないのが波乗りの難しさであり魅力」と明かす。
震災当日、押し寄せる大津波を目の前に、2階の屋根に逃げた光景を鮮明に覚えている。
「怖かった。ヤバイとも思った。でも、助かった。これも自然の一面。自然相手のスポーツに恐怖は付きものだが、大きなけがもなく波乗りを続けてこれたことは幸せ。やめようなんて考えたことは1度もない」
高橋さん、実は14年にも、世界マスター選手権日本代表に選ばれている。2年連続選出となった14年パナマ大会は、現地の政情不安により中止に。幻に終わった大会への再挑戦が、当面の目標だ。被災地のビーチをホームに世界を見つめる。
宮城の高校情報満載!英語リスニング問題はこちらから
見て、聞いて、キャンパスの雰囲気を感じよう!
大学9校のオープンキャンパス情報や先輩学生の声。仙台圏での生活情報も満載!
東北の未来に向けて、みんなで手を取り合い、様々な活動に取り組んでいます。
SDGsマインドの向上をはかるための「みやぎSDGsアンバサダー」育成プログラム活動を紹介中!
2022年度企画10月スタート!詳しくはWEBサイトへ
東北6県7新聞社が東北全体の活性化を目指し明るい未来の創造を目指します
みやぎの職場を元気に健康に!健サポフレンズも新規会員募集中
特選不動産情報(毎週金曜日更新)
仙台「四方よし」企業大賞
2022あしたのみどりキャンペーン
Job探:仙台・宮城の求人情報
みやぎのいいものご案内!47CLUB
宮城の赤ちゃんへ贈ります「すくすくばこ」好評受け付け中!
LINEスタンプ「かほピョンとなかまたち」
宮城県からのお知らせ
みやぎ復興情報ポータルサイト
杜の囲碁サロン
位置情報連動型スマホ広告サービス LocAD+(ロカドプラス)
Copyright © KAHOKU SHIMPO PUBLISHING CO.