<まちかどエッセー・深沢昌夫>月を見に、松島に行く

深沢昌夫[ふかさわ・まさお]さん 1963年盛岡市生まれ。東北大大学院博士課程中退。98年度歌舞伎学会奨励賞受賞。宮城学院女子大教授。同大学芸学部日本文学科長。専門は古典文学と芸能。著書に『現代に生きる近松-戦後 60年の軌跡』など。仙台市青葉区在住。

 学生たちを連れて松島に行ってきた。去年の話である。10月の末、週末、紅葉、行楽日和とあって松島はとてもにぎわっていた。観光バスで団体客が来る。制服姿の修学旅行生もいる。無料休憩所には「ホテル満室」の札が出ている。松島水族館の跡地に松島離宮という施設がオープンしたのもちょうどこの頃である。

 4月に緊急事態宣言が出され、全国各地、どこもかしこも経済活動が停滞・低迷する中で始まった「Go To トラベル」。また10月からは「Go To イート」もスタートしたおかげで、松島にもそれなりに人が集まっているように見えた。

 とはいえ、私たちの目的は観光ではない。あくまで授業の一環としての現地調査である。私たちは数年前から「東北再発見」をテーマに、その土地のことばや風習、伝承、文学など、大学ならではの学びを生かした旅行企画とガイドブックの制作に取り組んできた。さすがに去年はコロナ禍でうかうか出歩くのもためらわれたが、松島なら近いし、外歩きが中心なので3密の心配もないだろう。というわけで、私たちは『奥の細道』を携え、芭蕉の足跡をたどりつつ、現地調査に出掛けることにした。それが10月31日であった。

 実は、現地調査の日をこの日に設定したのには訳がある。そもそも芭蕉が『奥の細道』の旅に出たのは松島の月を見るためだった。季節は違えど、松島で見る月がどれほどのものなのか。『奥の細道』絡みでガイドブックを作るとしたら松島の月は外せない。できれば満月の絵が欲しい。私たちにとってその最後のチャンスが10月31日だったのである。

 その日は朝から晩まで本当に雲一つない見事なまでの晴天だった。私たちは早朝からあちこち歩き回って、夕方海辺に戻ってきた。と、月が昇りはじめた。空の色はどんどん深く、濃くなっていく。月は次第に輝きを増し、水面には光の道が揺らめいていた。私たちはあえて灯(あか)り一つない雄島からの撮影に挑んだ。私たちの持っている機材など高が知れているが、しかし、いい写真が撮れた。

 黄金色にさえわたる満月。いや、本当にいい月だった。松島の月に憧れてはるばる奥州までやってきた芭蕉の気持ちがほんの少しだけ分かったような気がした(しただけですけどね)。
(宮城学院女子大教授)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。


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