「あの日から」第11部 公務員(6完) 山形市・後藤好邦さん 自治体の枠超え支える

震災後、全国のメンバーにメールで届けたニュースレターを見る後藤さん=3月24日、山形市

 人ごとだった遠い場所の地震も、今では自分の事と捉えるようになった。どこで災害が起きても仲間の顔が浮かぶ。東日本大震災は転機となった。

 山形市職員の後藤好邦さん(49)は東北の自治体職員らでつくる「東北まちづくりオフサイトミーティング(OM)」の仲間と共に、ボランティア活動のために震災翌月から被災地を繰り返し訪れた。状況が落ち着いてからは年数回、被災地に出向いて現地の職員を講師に勉強会を重ねた。

 東北OMは後藤さんらが発起人となって2009年に設立された。自治体の枠を超えて地域活性化の方策を探るのが目的。民間企業に勤める人を含め、全国に約1000人のメンバーがいる。

 震災時は都市計画などを担う部署に所属していた。あの日、揺れが収まった職場で大津波のテレビ映像を見た。宮城や岩手にも団体の仲間がいる。「大丈夫だろうか。何かしなければ」。思いが募った。

 「自治体間で支援しようとすると時間がかかる。個人的なつながりで支援しよう。組織のネットワークを生かす時だ」。11年4月、ボランティアバスと称してメンバーと被災地に入った。

 巡った先は宮城県亘理町、南三陸町など。震災から1年間は毎週のようにバスを仕立てた。多い時は全国のメンバー100人が集まった。被災した浜や避難所で現地職員や被災者の要望を聞き、炊き出しや物資の支援に力を注いだ。

 12年4月にはロックバンド「チャットモンチー」のチャリティーライブを釜石市で開催した。大館市臨時職員の女性メンバーがボーカルと幼なじみだった縁を生かした。女性が被災地の学校や子どもたちのための募金を提案されたのをきっかけに、実現にこぎ着けた。

 活動を通じた気付きもあった。当時ボランティアの受け入れに積極的だったのは、各地の自治体から被災地に派遣された応援職員だった。「応援職員の離任で交流が減ったケースもあった」。現地のプロパー職員を巻き込まなければ息の長い活動は難しいと実感した。

 13年ごろから活動の軸足をボランティアから勉強会に移した。これまで津波被災地約20カ所を訪れ、復興やまちづくりに奮闘する自治体職員の体験談などをメンバーで聞いた。

 後藤さんは「災害は日本中で起きる。役所の外でつくった人脈は非常時に必ず役立つ」と力を込める。

 新型コロナウイルス感染拡大を受け、昨年は東北OMの活動を自粛した。3月に気仙沼市で計画していた勉強会も断念せざるを得なかった。

 最大150人ほどだった勉強会の参加者は減りつつあり、震災の風化を感じる。でも「一人でも参加してくれるうちは輪を広げられる」。新型コロナの収束が見通せない中、被災体験を全国で共有してもらうなど、対面とオンラインを融合させた活動を展開するつもりだ。(奥瀬真琴)

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