復興庁(5完)心のケア/「阪神」原点に国費投入

田子西第二市営住宅で開かれた茶話会。感染対策を施しながら入居者が静かに交流した=3月26日、仙台市宮城野区

 「閉じこもってばかりだと暗くなるね」。飛沫(ひまつ)防止パネル越し。小声での会話。それでも参加者の顔には笑みが浮かぶ。

 仙台市宮城野区の災害公営住宅「田子西第二市営住宅」の集会所で3月26日、茶話会が開かれた。

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、市が18日に独自の緊急事態宣言を出したばかり。公共施設の利用自粛を求める通知が自治会長の鈴木るみ子さん(70)の元に届いたが、対策を施して開催した。

 「こんな時だから居場所づくりが大切」と鈴木さん。ウイルスより、これまで築いた人間関係を断ち切られることの方が怖かった。

 茶話会を仕切ったのはNPO法人「仙台傾聴の会」(名取市)。ボランティアスタッフ350人を抱え、東日本大震災の直後から被災者の交流会開催や電話相談に応じてきた。

 幅広い活動の原資は復興庁の「心の復興事業」補助金。代表理事の森山英子さん(72)は「息の長い支援が欠かせない」と中長期的な財源確保を求める。

 大震災は、従来の「国土の復旧」に加え「被災者の復興」にも国費投入の門戸を開いた。被災者の見守りやコミュニティー形成、心のケアに予算が付いた。

 原点は、26年前の阪神大震災だ。当時、仮設住宅では将来を悲観した自殺や孤独死が相次いだ。

 「きちんと見守りをしないと犠牲者が出ますよ」。3・11直後、政府の被災者生活支援特別対策本部にいた元復興庁事務次官の岡本全勝さん(66)は阪神の関係者から助言を受けた。

 本格的な復興予算となった2011年度第3次補正予算で、仮設住宅の見守りや保健師による「心のケアセンター」設置に約100億円が計上された。04年の新潟県中越地震で県が復興基金で賄った復興支援員制度も国主導で実現した。

 「復興支援の『担い手』も、これまで主たるプレーヤーではなかった組織に拡充した」と岡本さん。NPOや民間企業に協力を仰ぎ、被災者の交流会や被災児童の学習支援を任せた。

 こうした支援の枠組みは、後の被災地へと受け継がれている。

 今月14日、前震の発生から丸5年を迎えた熊本地震。熊本県は16年4月の発生から1カ月後には「熊本こころのケアセンター」(熊本市)の設置を検討し、半年後には開設に至った。5年間で県内延べ3700人の相談などに応じた。

 県障がい福祉課は「東日本大震災を参考に体制を構築した。期限を決めずに支援していく」と説明する。

 東日本大震災は第2期復興・創生期間(21~25年度)に入り、被災者支援の予算は縮小した。「みやぎ心のケアセンター」(仙台市)の21年度運営事業費は前年度比28・4%減の2億4200万円。被災者の巡回訪問を担う人員を削減した。

 追い打ちを掛けたのが、新型コロナの流行による相談会や巡回の相次ぐ中止だ。福地成センター長(45)は「被災者と接触できず、状況把握すら難しい」と頭を悩ます。

 手厚い財政措置が講じられた被災者支援は10年が過ぎ、新たな局面に立たされている。

第10部は桐生薫子、吉江圭介、山形聡子が担当しました。

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 東日本大震災は命、暮らし、教育、社会の在りようを根底から問い直した。私たちが目指した「復興」とは何だったのか。政府の復興期間の節目となる震災10年に向け、その意味を考えたい。

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