「復興再考」第11部 被災者支援(1) 伴走型/仙台モデル 広く実践

 東日本大震災は、被災者支援の在り方に再考を迫った。個別の課題に応じた生活再建を目指す「伴走型」の支援活動が進む一方で、災害法制の隙間や広域避難の実情を把握する難しさも浮き彫りになった。震災後の成果や課題を探る。(5回続き)

 東日本大震災で手探りの実践をまとめたファイルが、復興の水先案内を担った。
 最大震度7を2度観測した2016年4月の熊本地震から5年。約1万2000世帯が仮設住宅に入居した熊本市では、地震から4年後までに全入居世帯の住まい再建にめどが立った。
 「モデルとした仙台市から助言を受け、素早く動けた」。被災者支援に携わった保健師の竹内弘子さん(54)が感謝する。
 熊本市は発生から3カ月後、民間賃貸が大半を占める仮設住宅の全戸訪問に着手した。情報を基に「住まいの再建」や「日常生活の支援」に応じて世帯ごとの再建支援計画を作り、高齢者や障害、生活困窮の福祉サービスにつないだ。不動産業界など民間とも連携を深めた。
 延べ3万6000件を超える戸別訪問の中心となったのが、地震で建物が被災した熊本市民病院の看護師たちだ。高い専門性を生かしつつ、被災者の不安や生活目標をすくい取った。
 戸別訪問を通し、地震前からの引きこもりや精神疾患が分かったケースもあった。竹内さんは「普段気付かないだけで、多様な課題を抱える人がこれだけいたと分かった」と振り返る。

 熊本市のような伴走型の生活再建支援は「災害ケースマネジメント」と呼ばれ、震災では仙台市や大船渡市が実践した。熊本地震や台風10号豪雨(2016年8月)、西日本豪雨(18年7月)の被災地にも広がり、壊れた自宅で暮らす「在宅被災者」にも目が向けられるようになった。
 住宅被害によらず、支援が必要と判断した世帯も対象にしたり、弁護士や建築士、ボランティア団体など専門家の協力を積極的に仰いだりした自治体もあった。
 西日本豪雨で被災した岡山県倉敷市で活動した岡山NPOセンター(岡山市)の詩(し)叶(かなえ)純子さん(44)は「行政の限界を支援の限界にしないという共通認識を持てた」と意義を語る。
 財源は、震災後に国が創設した被災者見守り・相談支援事業だ。市町村が、直営または委託で支援拠点を設ける。
 厚生労働省によると、災害のたびに予算化していたものを19年度から一般事業化。特定非常災害の場合は3年間全額国費で年約13億~15億円を計上している。

みなし仮設住宅を戸別訪問し、入居者の状況を確認する看護師たち=2017年3月、熊本市(市提供)

 「『見守り活動』に限定せず『生活再建に向けた支援』にも拡大し、人員を確保し専門家との連携を強化してほしい」
 仙台弁護士会などでつくる宮城県災害復興支援士業連絡会は20年7月、台風19号(19年10月)で被害を受けた丸森町にこう提案したが、進展はないという。
 町は町社会福祉協議会に委託し、相談員がプレハブ仮設などを訪問している。仙台弁護士会が一部の在宅被災者に尋ねたところ、周辺の土砂を撤去するうちに国の応急修理制度の申請期限が切れるなど情報が行き届いていないケースが見つかった。
 災害ケースマネジメントの規定や責務はなく、日弁連や東北弁護士会連合会は国に制度化を求めている。
 仙台弁護士会災害復興支援特別委員長の小野寺宏一弁護士(44)は「見守るだけでは復興できない。震災後に蓄積した知見を全国で共有すべきだ」と訴える。

[災害ケースマネジメント]申請や相談を待たずに、戸別訪問で課題やニーズを把握して被災者に合わせた個別の生活再建計画を作り、官民が連携して支援を続ける手法。介護保険制度のケアプラン(介護計画)に着想を得た。2005年に米国を襲ったハリケーン「カトリーナ」の被害を受けて連邦緊急事態管理局(FEMA)が始めたとされる。

ベテラン市民が全戸訪問

 「災害ケースマネジメント」の先駆けとされる仙台市の被災者支援は、民間の人材とノウハウを積極的に活用した。
 専任部署を設置した市は、仮設住宅の入居世帯が抱える課題に応じて(1)生活再建可能(2)日常生活支援(3)住まいの再建(4)日常生活・住まいの再建-の四つに区分。官民の関係者によるワーキンググループ(WG)で(3)と(4)の個別支援計画を検討し、フォローした。
 個別支援に役立ったのが、最大44人の生活再建支援員が戸別訪問で得た情報だ。市シルバー人材センターに委託し、人生経験豊富なベテラン市民が担った。
 世帯構成や被災程度、健康、就労、収入、生活状況、住宅再建意向…。茶飲み話から引き出し、その日のうちにデータを入力した。部屋の様子や家庭事情も細かく報告した。
 メーカーの営業所長だった竹谷義夫さん(78)は「まずは仏壇を拝ませてもらった。しゃくし定規にならず、傾聴を大事にした。『書き方が分からない』『字が書けない』と言われ、聞き取って調査票を代筆したこともある」と振り返る。

仙台市のワーキンググループで被災者支援を検討する関係者たち=2013年7月、仙台市(市提供)

 2人一組で訪ね「ちょっとメモを取らせてもらいますね」などと警戒心を和らげ、話に入った。呼び鈴を鳴らすのは2回まで。不在時もガスや電気メーターで生活実態を確認した。
 12年10月に始まった約1万世帯の全戸訪問は1年に及んだ。その後も継続的に出向き、災害公営住宅への入居を勧めたり支援制度の申請を呼び掛けたりした。
 災害公営住宅の入居資格がない被災者も少なくなかった。市から事業を受託した生活困窮者自立支援団体が民間賃貸住宅の物件探しに同行したり、大家を説得したりして地道に伴走した。市外から転居した津波被災者や東京電力福島第1原発事故の避難者も支援した。
 仮設住宅戸数は県内の被災地で2番目に多かったが、市内で被災した世帯は17年3月末までに全て住まいを再建した。課題ごとに当初4区分した世帯数はグラフの通り。最後まで再建が遅れたのは「自分で何とかできる」などと答えた30~60代の1人暮らしの男性たちだったという。
 元生活再建推進室長の西崎文雄さん(54)は「声を上げられない人は、出向いて支援しないと問題が解決しないと分かった」と話す。

 生活再建支援はどのタイミングで終わらせるか。
 市は「仮設入居者の住まいの再建が一番の目的」としながら、一定期間、災害公営住宅入居者を対象に継続した。支援員が再度全戸訪問し、定期的にWGを開いて個別支援につなげた。
 町内会設立など新たなコミュニティーができてきたとして、既存の福祉サービスでの対応に移行。関係部署が情報を共有できるようにした上で19年3月に専門部署を廃止した。
 災害公営住宅の家賃上昇、借金の返済、家族を亡くした喪失感など、震災を起因とした課題は今も残る。
 仙台市の生活再建支援に関わった仙台弁護士会の宇都彰浩弁護士(47)は、市の取り組みを評価した上で「しっかりと福祉でフォローされているか確認が必要」と指摘する。

河北新報のメルマガ登録はこちら
震災10年 復興再考

 東日本大震災は命、暮らし、教育、社会の在りようを根底から問い直した。私たちが目指した「復興」とは何だったのか。政府の復興期間の節目となる震災10年に向け、その意味を考えたい。

震災10年 復興再考

震災10年 あの日から

復興の歩み

先頭に戻る