<まちかどエッセー・小田中しおり>憧れの特別支援学校

小田中しおり[おだなか・しおり]さん 作業療法士。1963年仙台市生まれ。旧国立仙台病院付属リハビリテーション学院卒。98年国家資格取得。生活介護施設、障害児等療育支援事業所、特別支援学校で身体・発達障害児者を支援している。仙台市青葉区在住。

 知的障害者の生活介護施設には特別支援学校高等部の卒業生が入ってきます。生活介護施設に就職したての頃、利用者さんたちはどんな教育を受けたのか知りたくて、保護者に聞いてみました。すると「作業学習で作品を作るのよ」との返事。作業? 重度心身障害の子どもがどうやって作品を作るのか、また算数や理科などの教科は何をするのかなど疑問がいっぱいで、いつか見学に行きたいと憧れていたのでした。
 ある日、仙台市宮城野区の鶴谷特別支援学校で作業療法士を募集しているチラシをもらいました。信じられない! チラシが焦げそうなほど見つめました。それは15年前、全国に先駆けて仙台市教育委員会が立ち上げた「肢体不自由教育支援(OT・PT派遣)事業」の求人だったのです。
 足取りも軽く仙台市教育相談課へ面接に伺いました。ところが業務内容の説明を聞いて頭が真っ白になりました。児童生徒に機能訓練をする仕事ではなく、学級担任らの指導に関する助言を行うことが業務でした。生活介護施設でのたった5年の臨床経験しかない私が、教職何十年のベテラン先生に助言なんてとんでもない。頭の中を絶対無理という文字が埋め尽くしました。
 ぼうぜんとする私に教育相談課の方は、支援学校や支援学級で児童生徒の指導に悩んでいる教員の力になってほしいとおっしゃいました。私にはそのような力なんか持っていないのにと、もういたたまれなくてうつむいていました。そんな私を教育相談課の方はひたすら褒めて励ましてくださいました。今の実力で大丈夫。あなたならきっとできると。たくさんの心温まる言葉で、私のしぼんだ心はフワフワと膨らんでいきました。今は十分な力がないけれど、期待に応えられるように頑張って勉強すればいいと前向きな気持ちになれたのです。
 認め、褒め、励ますことが人にこんなに勇気を与えるというこの経験は、その後の発達障害の子どもの療育相談に生かされることになります。
 2006年春、娘が小学校に入学した同じ年に、私も特別支援学校のピカピカの新入生になった気持ちで校門をくぐりました。そこには素晴らしい先生たちとの出会い、かわいい子どもたちとの幸せな時間が待っていたのです。
(作業療法士)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。


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