「震災10年 あしたを語る」二本松農園社長 斉藤登さん 福島県産食材、販路を広げる

斉藤登さん

 <東京電力福島第1原発事故による風評被害との闘いが続いている>
 コメやキュウリなどを生産する家業を継いで1年がたち、仙台圏から観光客を呼び込む農業ツーリズムに取り組もうとした矢先、東日本大震災と原発事故が起きた。それから10日ほどして、1ヘクタールに植えたホウレンソウを重機で全て廃棄した。もう福島で農業はできないと絶望的な心境だった。
 1カ月後、福島県産が首都圏でどれだけ嫌がられているのかを肌で感じてみようと、JR川崎駅前(川崎市)の産直イベントに出店した。コメや山菜が飛ぶように売れてとても驚いた。「福島産を食べたい」という消費者が一定数いるんだと実感した出来事だった。
 風評被害を払拭(ふっしょく)する突破口として、国会議員に県産食材のおいしさを直接伝えようと考えた。参院売店内に2019年4月、NPO法人「がんばろう福島、農業者等の会」(二本松市)に参加する54農家の商品を集めた店を開業した。
 <新型コロナウイルスの流行が、軌道に乗りかけた販促活動を妨げる>
 国会出店以来、都心のオフィスビルで働く人を対象にした「企業内マルシェ」を積極展開した。それが20年4月以降、全て中止になった。企業はテレワークが進んだので、感染が収束しても再開は無理だろう。
 コロナ禍で、首都圏から帰省した人たちを中傷する「自粛警察」が問題化した。原発事故直後の福島出身者に対する偏見と、非常によく似た状況だと感じる。
 NPO法人キッズドア(東京)と連携して20年5月から今年1月にかけて、経済的に厳しい全国の子育て家庭に青果や加工品約1300セットを贈った。津波で親を亡くし、祖父母宅で暮らす仙台市の男子中学生から「今は食べることが一番の楽しみ。頂いたイチゴは母の仏壇に…」とつづられたお礼の手紙をもらい、涙が出た。
 外出控えが続くことを見越し、旬の青果約10種の詰め合わせ(3300円)を毎月宅配する事業の顧客獲得に力を注いでいる。
 <復興した姿が100とすると、福島はスタート地点にも立っていないマイナス20あたりと捉えている>
 高齢化や過疎化が一層深刻になった。2月に松坂屋上野店(東京)前で野外販売しているとき、リンゴをレジに持ってきた人に「福島産です」と言ったら、血相を変えて「食べない」と買い物籠を放り出されてしまった。風評被害の根深さにやるせなくなった。
 転んでもただでは起きない底力が大切だ。コロナ流行の長期化で対面営業は難しく、販促方法も転換を迫られている。参院の店は3月に閉めた。今後はオンラインで収穫作業を中継し、視聴者に購入を促す仕組みを作る。就農を志す若い世代の研修も受け入れたい。おいしい作物を丁寧に生産し、地道に販路を広げる姿勢はずっと変わらない。
(聞き手は橋本智子)

[さいとう・のぼる]1959年、二本松市生まれ。福島大卒。2010年3月に約30年勤めた福島県庁を退職し就農。12年12月に農家仲間と設立し、理事長を務めるNPO法人「がんばろう福島、農業者等の会」の活動が、復興庁の19年度「新しい東北」復興・創生顕彰に選ばれた。

河北新報のメルマガ登録はこちら
3.11大震災

復興再興

あの日から

復興の歩み

第68回春季東北地区高校野球
宮城大会 勝ち上がり表

企画特集

先頭に戻る