「震災10年 あしたを語る」プロサッカー選手 大久保剛志さん タイと東北の懸け橋役担う

被災した地元への愛郷心を胸に、タイでプレーする大久保選手=2020年春(UDN SPORTS提供)

 <岩沼市出身で、サッカーJ1仙台でもプレーした。2014年からはタイのプロリーグで活躍。東日本大震災の復興支援として、被災地の子どもたちを対象としたサッカー教室も続ける>
 僕の人生の中で震災はすごく大きな出来事。今は日本から離れているが、決して忘れることはない。タイでも10年5月のスマトラ沖地震の津波で大きな被害が出ており、震災で仙台などが被災したことは広く知られている。僕が宮城から来たことを伝えると「えっ、津波の?」と敏感に反応される。
 <震災当時はJ1仙台に復帰したばかり。練習を終えてチームメートと食事中に大きな揺れに遭った。内陸部にある実家は無事だったが、古里の沿岸部は津波に襲われた>
 友達の友達が犠牲になった話もいっぱい聞き、とてもつらかった。グラウンドががれき置き場になり、地元の子どもたちが自由に遊べずにストレスを抱えているとも感じた。サッカーを楽しんで発散してもらいたいと思い、震災から15日後に岩沼市内の広場でサッカースクールを開いた。
 ライフラインもままならない中で葛藤もあったが、当時チームメートだった元日本代表の柳沢敦選手らがボランティアで参加したこともあり、子どもたちは目を輝かせてプレーしてくれた。活動を継続しなければならないと固く誓った。
 ただ、この年の公式戦での出場はゼロ。宮城出身として何かしらの結果で被災地に思いを伝えたかったのに、情けない姿を見せてしまった。
 <Jリーグでは結果を残せなかったものの、意を決して挑戦したタイで才能が開花。プレーと平行して現地でも年1回のサッカー教室を行い、昨年8月にはアカデミーを開設。5~15歳の約80人がプロを目指して研さんを重ねる>
 復興支援で経験した、子どもたちに楽しさを伝えることをタイでもやりたかった。大好きになったタイで子どもたちにクオリティーの高い日本の練習を教えることで、現地のサッカー界に貢献できたらいい。
 タイ代表のチャナティップ選手(札幌)の影響もあり、Jリーグへの関心は高い。子どもたちの運動能力は秀でているので、課題となる素早い状況判断やチームプレーを学んでもらい、一人でも多くのプロ選手を育てたい。
 <現地では俳優としても活躍。宮城県の観光PR大使や岩沼市民の健康増進を呼び掛ける「いわぬま健幸大使」なども務め、古里との絆を強めている>
 遠く離れているからこそ、地元愛がどんどん深まっている。新型コロナウイルスの感染拡大が収束したら、アカデミーの子どもたちを岩沼に招いて親善試合と被災地学習を行いたい。タイと東北の懸け橋役として、タイから多くの観光客を東北に呼び込む力にもなりたい。交流が拡大すれば、被災地の未来も明るいと思う。
(聞き手は原口靖志)

[おおくぼ・ごうし]2005年にサッカーJ1仙台の下部組織からトップチームに昇格し、08~10年は日本フットボールリーグ(JFL)のソニー仙台に期限付き移籍。仙台復帰やJ2山形を経て、14年から一時を除いてタイでプレー。20~21年シーズンは1部ラヨーンに所属し、チーム最多の5ゴールを挙げた。

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