<まちかどエッセー・深沢昌夫>絵本は人生に3度読むべきもの

深沢昌夫[ふかさわ・まさお]さん 1963年盛岡市生まれ。東北大大学院博士課程中退。98年度歌舞伎学会奨励賞受賞。宮城学院女子大教授。同大学芸学部日本文学科長。専門は古典文学と芸能。著書に『現代に生きる近松-戦後 60年の軌跡』など。仙台市青葉区在住。

 絵本について、タイトルのように言っているのはノンフィクション作家の柳田邦男氏である。1度目はまず自分自身が幼い頃に読む(読んでもらう)。2度目は自分が親になって子育て中に読む。そして3度目は子育てが終わって人生も半ばを過ぎた頃、改めて自分のために読むのだそうだ。いや、子ども向けなどと言って侮るなかれ。実際、絵本や童話など子ども向けの作品とされているものの中には、下手な小説を読むよりはるかに滋味深く、世界や人生の真理に触れるものがあるからである。
 自分が小さい頃は今ほど子ども向けの絵本や読み物は多くなかった。家にあるわずかな本を繰り返し繰り返し読んだ(読んでもらった)。いや、それ以前に、わが家では毎晩寝しなに父が腕枕をして私たちに昔話を聞かせてくれた。父はお話が上手だった。私は父の昔話を聞くのが大好きだった。
 それからだんだん年を重ね、いつしか絵本や童話から卒業したが、就職をし、結婚して子どもが生まれると、私にとって本格的な絵本の季節が到来した。私は毎日、毎晩、子どもたちに絵本を読んで聞かせた。これは文学作品の調査・分析・研究といった私の本業とはまったく無関係に、無条件に楽しかった。子どもたちも絵本が大好きだった。「もう寝る時間だよ~」と言って布団に入り、右腕に1人、左腕に1人、おなかに1人乗せながらあおむけになって絵本を読み聞かせるのは正直、かなり体力勝負だった(笑)。子どもたちを寝かせつけようとして真っ先に自分が寝てしまうことも多かった。耳元で「お父さん、起きて」と叫ばれ、へろへろになりながらまた絵本を読み始める毎日。しみじみ、なんて幸せだったのだろうと思う。
 そしていま、私は3度目のシーズンを迎えている。といっても、まだ自分のためではない。私のことを「じいじ!」と呼ぶ人のためにである。娘のところの小さい人はわが家の本棚からアレ読んでコレ読んでと本を抜き出し、私の膝に乗る。私は言われるがまま、何度でも、もういいと言われるまで絵本を読む。私が自分のために絵本を読むのはもうちょっと先のことになるだろう。でも私は自分のために読むより誰かのために読んであげるほうが好きかもしれない。
(宮城学院女子大教授)

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まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。

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