<津波訴訟 遺族の思い>(中) 真相究明の願い 伝わらず

愛梨ちゃんの被災現場近くに建立した慰霊碑に立つ美香さん

 「本当に知りたいことは明らかにならなかった。あの裁判はなんだったんだろう」
 宮城県石巻市の佐藤美香さん(46)は、市内の私立日和幼稚園に通っていたまな娘の愛梨ちゃん=当時(6)=を東日本大震災で失った。
 愛梨ちゃんら園児を乗せた送迎バスは、地震の揺れが収まると高台にあった園から海側の低地に向けて出発し、津波にのみ込まれた。
 なぜバスを出発させたのか。真相が知りたい。
 園側のあいまいな説明にしびれを切らし、仙台地裁に2011年8月、損害賠償を求める訴えを起こした。
 裁判が始まると自分の思いと、裁判の仕組みのずれにもどかしさが募った。津波の来る危険を園側が知り得たかという「予見可能性」に裁判の争点が集約され、真相究明が遠ざかった気すらした。
 「なぜ大きな揺れの後にバスを走らせたのか。津波が来るか来ないかは関係ないじゃないの」。怒りを代理人の弁護士にぶつけた。
 地裁判決は園側の予見可能性を認め、美香さんは裁判に勝った。仙台高裁で和解し、園側の責任を盛り込んだ和解条項を勝ち取った。「それでも真相は分からずじまいだった」
 七十七銀行女川支店(宮城県女川町)を襲った津波で長男の田村健太さん=当時(25)=を失った孝行さん(60)、弘美さん(58)夫婦は、企業管理下で起きた労働問題として厚生労働省に調査を求めた。
 なぜ支店の屋上を避難場所に加えたのか。どうして屋上にとどまる判断をしたのか。
 厚労省には全く取り合ってもらえない。結局、銀行を相手に仙台地裁に裁判を起こすしかなかった。
 裁判は、支店屋上を避難場所にした銀行側の判断の「合理性」に焦点が絞られた。遺族らが投げ掛けた「なぜ」「どうして」の問いに、納得のいく答えは示されなかった。
 いくら遺族が求めても、民事訴訟は、法的責任の立証に関連しない道義的責任や事実認定は審理の対象から外れてしまう。真相究明に向けて裁判所に託した望みは、かなえられないことも多い。
 専修大の飯考行(たかゆき)教授(法社会学)は「民事訴訟は紛争解決のための制度。裁判を通じた真相の究明には限界がある。裁判官は因果関係と過失の認定に焦点を絞るため、遺族感情との間に齟齬(そご)が生じてしまう」と説明する。

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