「あの日から」第12部 故郷離れて(3) 愛媛・久池井力さん 「岩手の孫」結ぶSNS

瀬戸内海を望む海浜公園で啓太君の写真を抱く久池井さん=4月27日、新居浜市

 今春、「岩手の孫」が看護師の夢をかなえて働きだした。<無理すんなよ!息抜きは必要だからな!愛媛のじいじにも甘えてよ!>
 愛媛県新居浜市の久池井(くちい)力さん(73)が、岩手県矢巾町の田中彩絵美(さえみ)さん(23)に通信アプリのLINE(ライン)でメッセージを送り、気遣った。

 「最近、既読になるのが遅くなったかな」。医療現場は新型コロナウイルス禍の最前線にある。忙しく、慣れない仕事に不安も大きいだろう。

 ともに岩手県大船渡市出身。久池井さんが愛媛に移住して3年半となる。田中さんは、東日本大震災の津波で犠牲になった孫の松原啓太君=当時(12)=の幼なじみ。ラインでのやりとりが始まって2年以上が過ぎた。

 家族旅行や国家試験合格の吉報…。田中さんの成長に啓太君が重なり、さまざまな思いが込み上げる。同じように「じいじ」と慕ってくれるのがいとおしい。喜んでほしくて、冬には愛媛県の特産ミカンを詰め合わせで届ける。

 交流のきっかけは1本の電話だった。「啓太君と一緒に成人式に出たいんです」。田中さんからだった。

 あの日、久池井さんは車で高台の小学校にいた啓太君を迎えに行き、帰宅途中で津波に流された。同乗した妻まき子さん(62)、啓太君の兄祐人さん(18)=年齢はいずれも当時=も失った。新築住宅の雨どいにしがみついて1人、猛烈な引き波を逃れた。

 震災前年に長女が亡くなり、孫の啓太君たちを引き取ったばかりだった。「じいじ、上の方に行った方がいいんじゃない?」。地震の後、車内の後部座席で啓太君にそう聞かれていた。

 「自分が殺した」。罪悪感にさいなまれた。周囲には故人のために頑張って生きると語ったが、本心ではなかった。つらくて、仏壇に飾った遺影を外した。

 震災後しばらく断っていた酒を飲むようになった。「もういい。もういい」。ため込んだ睡眠薬を一緒に服用し、病院に運ばれた。立て続けにがんが見つかった時は治療をためらった。

 一人でいたくはなかった。2017年11月、考え抜いた上で家族が眠る大船渡市を離れ、次女一家が暮らす新居浜市に移り住んだ。

 19年1月13日、大船渡市であった成人式。約束通り、振り袖姿の田中さんの両手に啓太君の写真があった。久池井さんが郵送した写真が、スーツとネクタイ姿に加工されていた。

 その日の夜、2次会の様子を伝えるラインのメッセージが入った。<啓太くんにもお酒を飲ませました>。忘れずにいてくれる優しさに、支えられた。

 今は古里に戻ろうとは思わない。19年11月、次女に2人目の子どもが生まれた。啓太君たちの生まれ変わりのように感じ、心が穏やかになった。

 新型コロナの影響で、昨年に続き今年も命日の墓参を諦めざるを得なかった。

 <心配しないで。じいじの分まで拝んでくるから>
 「岩手の孫」からのラインのメッセージは、ぬくもりに満ちあふれていた。
(坂井直人)

啓太君の写真と共に成人式に出席する田中さん=2019年1月13日、大船渡市
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