<まちかどエッセー・深沢昌夫>夢で逢いましょう

深沢昌夫[ふかさわ・まさお]さん 1963年盛岡市生まれ。東北大大学院博士課程中退。98年度歌舞伎学会奨励賞受賞。宮城学院女子大教授。同大学芸学部日本文学科長。専門は古典文学と芸能。著書に『現代に生きる近松-戦後 60年の軌跡』など。仙台市青葉区在住。

 大瀧詠一の歌に「夢で逢(あ)えたら」という楽曲がある。年末の無観客「紅白」で鈴木雅之が歌っていた曲である。そのサビの部分に「夢でもし逢えたら素敵(すてき)なことね/あなたに逢えるまで眠り続けたい」というフレーズがある。今から60年ほど前「夢であいましょう」というテレビ番組もあったが、「夢で逢えたら」という発想そのものは、それよりはるか以前、1000年以上も前から日本人にはなじみのある考え方であった。
 たとえば、古今和歌集にこんな歌がある。∧思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらん夢と知りせば覚めざらましを∨(その人のことを思いながら寝たので、まさにその人が私の夢に現れたのでしょうか。でも、それが夢だと分かっていたら私も目覚めなかったでしょうに)。小野小町の歌である。思いが募るとその人のことを夢に見る、というのはまさしく「夢で逢えたら」の発想そのものではなかろうか。
 あるいはまた、伊勢物語にこんな話がある。ある時なじみの女が「今宵(こよい)あなたのことを夢に見ました」と文を寄こした。すると男は∧思ひあまり出でにし魂(たま)のあるならむ夜深く見えば魂結びせよ∨(それはきっと、あなたのことを思うあまり、私の魂がこの身を離れ、あなたの夢の中に現れたのでしょう。もし夜更けの夢に私が現れたなら、またもとの体に戻れるよう魂結びのまじないをしてください)という歌を返した。こちらは誰かに思いを募らせている者があれば、その魂は知らぬ間にわが身を離れ、相手の夢の中に現れる、という歌である。
 つまり、私たちが誰かの夢を見る時、それは私たちがその人のことを思っているからという理解と、夢に現れた相手が私たちのことを思っているからという理解と、両方の考え方があったのである。そういえば、亡くなった母も私の夢を見たと言ってはよく電話をくれたものだ。脳科学的にいえば、夢は睡眠中の情報処理に伴う脳のノイズらしいが、それではあまりに夢がない。他方、古典芸能の能の世界では、夢は生きている者とこの世ならぬ者との出会いの場であった。あるいは皆さんにも「夢でいいから逢いたい」という方がいらっしゃるのではなかろうか。逢えますよ、きっと。
(宮城学院女子大教授)

河北新報のメルマガ登録はこちら
まちかどエッセー

 仙台・宮城在住の執筆者が、それぞれの活動や暮らしで感じたことをつづります。


企画特集

先頭に戻る