<仙台いやすこ歩き>(140)五橋小新堂 揚げパン/あんを挟んで三角形に

 なぜか無性に揚げパンが食べたくなった。そうしたら、あのお店に揚げパンがあるらしいのだ。「気になっていたのよ、あのお店。だるまさんのことも」と画伯。意見が一致したところでいやすこの出動である。

 やってきたのは若林区清水小路、というよりは五橋交差点といった方が早いだろう。だるまさんを近くで見てから「五橋小新堂」に初入店だ。気になりながらも、ようやく来られたお店には、ちょっとドキドキ感もあってうれしい。決して広くはないが、おいしそうなおまんじゅうが並ぶ中、迎えてくれたのは遠藤智久(としひさ)さん(42)。何と4代目ということで、お店は1923(大正12)年の創業、今年で98年目を迎えたことを知る。

 話は、気になっていただるまさんから。「創業当時から店はこの場所にあって、だるま大師は当初から安置されていたようです」。というのも、鬼門には天狗かだるま大師をもって封じるのが良いとされ、それなら七転八起の縁起も担いでだるま大師に、と決まったのだそうだ。建物は建て替えたものの、だるまさんはお色直しを2、3回しながらも形はそのまま。「仙台空襲でもこの辺はギリギリ延焼を免れたんですが、ガラス製だった目玉が熱風で溶けて、泣いているようだったと聞いています。近所の人たちもだるまさんが守ってくれたと話していたそうですよ」

 さて、「揚げパン」。終戦後に、兵隊から戻ったおじいさんが作り始めた商品だという。それまでは宮城野まんじゅうをはじめとする和菓子中心の商品ラインアップだったので、おじいさんにとって心機一転の挑戦だったのでは。当初、天ぷら粉をつけて揚げた食パンに、粒あんは別添えされていたらしい。それから、今のようにあんをサンドした形になり、3代目のお父さんがカスタードクリームを、4代目の遠藤さんがチョコレートクリームを発案。愛され続けてもう七十余年になる、揚げパン3兄弟というわけだ。

 それはガラスケースの上に、一個一個、丁寧に紙の袋に入れられて並んでいた。作り方を教えてもらった。それぞれ、あんを挟み、三角にカットして揚げる。衣には小麦粉以外にもいろいろ入っていて、「揚げ油も、冷えてもおいしいようにとひと工夫しています」と遠藤さん。毎朝、3時前には起きて、3時半には仕事をスタート。厨房では、お父さんそしてお母さんも働き、平日だと8時の開店には揚げたてが並ぶことになる。

 ご近所さんはもちろんだが、学校の売店でも人気の商品だそうだ。この形でこのボリューム感だもん、分かる分かる、である。「1人で来て3、4個も買っていく生徒さんもいて」と話す。

 だるまさんの眼力に見守られながら帰宅。はやる心を押さえて、まず、薬入れのように口を折り畳んだ紙袋を開け、三角形の揚げパンの頭だけ出して頬張る。この感じがいいんだわ。次は、遠藤さんが教えてくれた方法で、ちょっと温めてから。すると、外がカリッとして衣とパンとあんが一体となって、これがまた、牛乳によく合うんだわ~。

おぼえがき/衣をつけ、ユニークな存在

 世界中で作られているパンの種類は、5000とも6000ともいわれている。海外の食文化であるパンを日本人好みにアレンジした、「日本のパン」の代表の一つはあんパンで、1869(明治2)年に文英堂(現木村屋総本店)の創始者によって考案され、以来、パンはおやつとして親しまれるようになった。

 後の1927(昭和2)年、東京の名花堂(現カトレア)というパン屋がカレーを入れた洋食パンを発案して、カレーパンが登場することになったといわれる。こちらは食事としての日本のパンである。

 日本で最もポピュラーな角食パンにあんを挟み、三角にカットし、衣をつけて揚げる五橋小新堂の揚げパンは、日本のパンの中でもユニークな存在といえそうだ。

 お店のほかに、月、水、金の週3日、産直市場「花京院市場」でも販売している。

 【温め方】レンジで30秒ほど温め、さらにトースターで好みに応じてカリッとさせた後、キッチンペーパーで包んで油を取る。

 土地には、その土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター(愛称「みい」)とイラストレーター(愛称「画伯」)が、仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。

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仙台いやすこ歩き

土地にはその土地ならではの食があります。自他共に認める「いやすこ(仙台弁で食いしん坊のこと)」コンビ、仙台市在住のコピーライター・みうらうみさんとイラストレーター・本郷けい子さんが仙台の食を求めて東へ、西へ。歩いて出合ったおいしい話をお届けします。


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