一力遼の一碁一会 「ヒカルの碁」 プロの棋譜 忠実に再現

一力遼の一碁一会

 囲碁を題材にした漫画の一つに『ヒカルの碁』があります。20年ほど前の作品ですが今でも人気がある傑作で、「囲碁は打てないが漫画は知っている」という人も多いでしょう。

 物語は主人公の進藤ヒカルが蔵にあった碁盤にシミを見つけ、そこから史上最強の碁打ち藤原佐為(さい)が時代を超えてよみがえる場面からスタートします。

 最初は囲碁に興味がなかったヒカルも佐為の影響で徐々にのめり込み、棋士を目指すようになります。同い年でライバルの塔矢アキラをはじめ、たくさんの人と関わる中で成長する姿が描かれています。

 本作の特長は、囲碁の世界を細部まで忠実に再現している点です。対局シーンが数多く登場しますが、ほとんどは実際にプロ同士が対局した「棋譜」がモデルになっています。ヒカルとアキラの初対局には、江戸時代の名手、本因坊秀策(しゅうさく)の棋譜が用いられました。

 日本棋院の描写のほか、棋士を目指すための院生研修もありのまま描き出しています。リアリティーの高い表現と、佐為がヒカルに憑依(ひょうい)するという空想的な要素が相まって、囲碁を知らない読者も楽しめる作品と言えるでしょう。

 私は普段、あまり漫画を読みませんが『ヒカルの碁』は愛読し、アニメも見ていました。20代、30代の棋士の大半は本作に影響を受けており、私が棋士を目指していた頃は今より多くの院生が在籍していました。

 作中では佐為がネット上で勝ちまくり、「saiは誰だ」と話題になるシーンがありました。実は、現実の世界でも似たような出来事が起こりました。

 グーグルの人工知能(AI)「アルファ碁」が韓国のトップ棋士を破り、囲碁界に激震が走った2016年、年末に「マスター」というAIがネット上に現れました。アルファ碁の改良版であるマスターは、年始にかけて人間相手に60戦無敗という離れ業をやってのけました。

 漫画が描かれた当時、AIが人間に勝つのははるか先のことだと思われていました。実際は15年でそのレベルに到達したのです。ヒカルが佐為の代わりに打つ姿は、誰でも高い棋力のAIを使える現代を予見していたのかもしれません。
(囲碁棋士)

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