<手腕点検>大崎市・伊藤康志市長 市街地復興 総仕上げ

 東日本大震災から10年がたった今年、地方自治の現場は新型コロナウイルス感染症との闘いに引き続き追われた。少子高齢化や人口減少、地域経済の疲弊も深刻化。難局のかじ取りを担う市町村長は地域の負託に応えているか。住民や関係者の声を交えて検証する。

市の建設事業現場を訪れ、幹部から説明を聞く伊藤市長(左)=12日、大崎市三本木

 中心市街地復興まちづくり事業が仕上げの段階に入った。東日本大震災によって約1万2000棟の建物が壊れ、県北内陸では最大の被害を受けた大崎市。伊藤康志市長(71)が「復興の象徴」と位置付ける古川中心部で4月、新庁舎建設工事が始まった。

 築65年が経過した現市役所の建て替えは、2006年に1市6町が合併して以来の懸案だった。伊藤氏は「いよいよ本丸の築城に取り掛かった」と胸を張る。

 復興まちづくりは完成済みの災害公営住宅、大崎地域消防本部庁舎、道の駅おおさきに加え、進行中の七日町西地区再開発など計34事業。総事業費313億円のうち市の一般財源からは29億円の支出に抑えた。国、県の補助金や交付金、地方債で大半を賄ったのは伊藤氏の功績とされる。

 県議5期を経て市長を4期15年務めた伊藤氏。市政を取り巻くニュースは豊富だ。1市4町で構成する大崎耕土は17年、東北で初めて世界農業遺産に認定された。15、19年は豪雨被害を受け、河川改修など「災害に強いまちづくり」に取り組む。20年7月、東京電力福島第1原発事故で汚染された牧草や稲わらの本焼却を始めた。

 経緯を振り返ると、基本姿勢が見える。国や県に地元の熱意をアピールし、支援の輪を広げて有利な補助金や交付金を得る。ラグビーに例えればスクラムを組んでトライを狙うフォワードの役に徹する。

 愛称は「やすさん」。小牛田農林高相撲部で鍛えた大柄な体形とは裏腹に人懐こい。県市長会長など98の役職を引き受け、要請活動に奔走する。本人は「発言力を高めて理解者を増やすため」と説明する。

 ハード事業で強みを発揮するが、スクラップ・アンド・ビルドの視点が弱い。特に公共施設の統廃合が遅れている。

 市が所有する施設の延べ床面積は市民1人当たり5・01平方メートルで、全国の類似自治体の平均3・14平方メートルを上回る。市は17年に公共施設等総合管理計画を作ったが、空き校舎対策を含めて動き始めたばかりだ。

 財政調整基金は16年度の134億円がピークで20年度は77億円に減った。豪雨被害や新型コロナウイルス感染問題への対応に追われ、財政は厳しさを増す。

 元副市長として伊藤氏を支えた岩渕文昭氏(69)は「地域ごとの将来ビジョンを示し、住民の合意を得ながら公共施設の統廃合を進めるべきだ」と早期の対応を求める。
(大崎総局・喜田浩一)

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