「あの日から」第13部 芽吹き(1) 富岡・鈴木みなみさん 子育て地域で支え合い

子育て支援団体のスタッフにベビーマッサージを教える鈴木さん=2021年6月1日、福島県富岡町総合福祉センター

 多くの命や日常生活が失われた被災地で、新たな社会の構築に向けた取り組みが始まっている。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から10年の人々の営みをたどる「あの日から」。最終となる第13部は、悲しみと苦難を受け止め、暮らしや産業、伝承などの各分野で復興の先を見据えて歩み続ける人々を伝える。(6回続き)

 育児の悩み、子どもの成長、おいしい店…。そんな何げない会話が母親たちの癒やしになっている。

 原発事故で被災した福島県双葉郡内で定期的に開かれている親子サロン。毎回5組ほどの乳幼児を連れた母親たちが集う。

 福島県富岡町で1日にあったサロンは絵本の読み聞かせやベビーマッサージ講座の後、母親同士がおしゃべりに花を咲かせた。

 運営するのは福島県いわき市・双葉郡の子育て支援団体「cotohana(コトハナ)」。親子で安心できる遊び場など子育て関連情報を集めた情報誌の発行も手掛ける。

 共同代表の鈴木みなみさん(31)は富岡町で4歳の長女を育てる。「知らない土地での子育ては心細い。双葉郡内には子どもが遊ぶ場所も少ない」。身をもって感じたのをきっかけに2019年2月にコトハナを設立した。

 団体名は協力を意味する「co」と、子どもたちの笑顔や成長を花に例えた造語だ。「地域のみんなで子どもたちを育てていこう」との思いを込めた。

 山形県真室川町出身。地域の人たちに目をかけてもらって育った。それだけに双葉郡では特に地域の人と子どもたちの接点が足りないと感じている。

 震災後、京都の大学に通いながら11年末からボランティアとして岩手、宮城両県に通った。13年2月に初めて福島県内に入った。

 いわき市で避難を余儀なくされた双葉郡の人たちと地元住民のあつれきや分断を目の当たりにした。一丸となって立ち上がろうとする津波被災地とは全く違う光景にショックを受けた。

 「いったいここで何が起きているのか。それを知らずに福島や東北のことは語れない」。同年9月、大学を1年休学。いわきに住み、原発避難者支援サロンの仕事に携わった。

 その中で触れ合う機会が多かったのが富岡からの避難者だった。皆温かく、誇りを持って町の話をたくさんしてくれた。「いつか富岡に住みたい」。漠然とした思いが芽生えた。

 大学卒業後、再びいわき市で復興支援の仕事に就いた。19年8月に富岡町に移住。現在は団体の共同代表を務めつつ、地元の復興まちづくり会社「とみおかプラス」で働く。

 双葉郡内でも町村によって事情はさまざま。浪江には地元に関わりのある子どもが多い一方、富岡は町に縁がなかった新規転入者が目立つ。近くに頼れる人がいない子育て世帯は、孤立する傾向がある。

 昨年10月には、町内の神社で原発事故後初めての七五三を祝うイベントを催した。学校と家の往復になってしまいがちな富岡の子どもたちの居場所にしようと子ども食堂も開設した。

 「周囲に助けを求めることは恥ずかしいことではない。コトハナが双葉郡のママたちに頼りにされる存在になれれば」

 多くの人の助けを受けて子育てに奮闘する自身の姿も通して、支え合いの文化が双葉郡に再び根付くと信じている。
(岩崎かおり)

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