河北抄(6/11):水無月(みなづき)の年中行事として明治の…

 水無月(みなづき)の年中行事として明治の頃まで盛んに行われていたという「嘉祥(かしょう)」。6月の決まった日に健康招福を願い菓子を食べた。疫病がまん延していた平安時代初期の848年夏。仁明天皇が神前に菓子や餅を供えて祈り、「めでたいしるし」を意味する「嘉祥」に改元したことにちなむと伝えられている。

 自宅から近い和菓子屋さんへ。ケースには嘉祥に合わせた月替わりが3種類。「コロナ下、和菓子職人にできることを考えた」と女性主人。仁明天皇に仕えた歌人小野小町からイメージしたという一品は、美しい言霊を表現した。

 鮮やかな赤色の寒天の玉を、細かな金箔(きんぱく)が泳ぐ透明な寒天が丸く包み込む。赤い玉は小町の魂、金箔は紡ぎ出された言葉だろうか。「美しい言霊は運気を上げ、世界を救う」と添え書きが。

 伝統的な素材に限らずハーブをアクセントに使うなど、今風の趣もなかなか。才がないので、食べた感想を歌で伝えられないのが何とも口惜しい。

 邪気を払う「心のワクチン」か。時々打ちに行きたいものだ。

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