「あの日から」第13部 芽吹き(4)石巻・阿部勝太さん 漁師つなぎ魅力を発信

コンブを収穫する阿部さん=12日、石巻市北上町

 かっこよくて面白い。水産業を憧れの職業にしたい。東日本大震災を乗り越え、浜に新風を吹き込む。

 石巻市北上町十三浜のワカメ養殖業阿部勝太さん(35)は若手水産関係者ら約30人でつくる一般社団法人「フィッシャーマン・ジャパン(FJ)」(石巻市)の代表理事を務める。漁師や鮮魚店、水産加工に関わる「フィッシャーマン」を魅力的な存在にして、仲間を増やそうと奔走する。

 国の統計で2019年の漁業従事者は約14万4000人。ここ10年で3割以上減った。深刻な津波被害を受けた被災地の漁業は、特に厳しい状況に置かれている。FJは担い手育成事業を主軸に置き、漁業への関心を呼ぶ仕掛けを次々と打ち出す。

 全国の若者を集め、石巻湾でのカキ養殖といった現場を体験してもらう漁師学校、早朝に働く漁師が現場からモーニングコールをするサービス、大手アパレルと組んでの「漁師ウエア」の開発。斬新な取り組みの根底には「ちょっとした興味を就労につなげたい」との思いがある。

 阿部さんはワカメ漁師の家に生まれた。高校卒業後に仙台市と東京、愛知県で旅館や自動車メーカーに勤め、23歳で家業を継いだ。厳しい仕事に見合わない収入に疑問を抱いたが「浜では現状を変える雰囲気が乏しかった」と振り返る。

 震災が生き方を問い直す契機になった。自宅や漁具を津波で流され、仮設住宅で暮らした。地元を離れ、転職する仲間もいた。借金してでも加工場再建を望む父親と「自分もここで一からやり直す」と決意した。

 企業が宮城県内で催す復興支援イベントに参加し、異業種の人々と交流した。同世代の農業者がコメや野菜のブランド化、品種改良に挑む姿に刺激を受けた。

 「同じ1次産業の漁業でも改革はできる。安定収入、人材確保といった課題を解決し、人から選ばれる仕事に変えよう」。賛同する若手漁師らと14年7月にFJを設立した。

 地元の浜で理解を得るのは簡単ではなかった。漁師は一匹おおかみのようなもの。親戚や友人も漁場ではライバルになる。当初は水産関係者に事業協力の依頼を拒まれることもあった。

 地道な活動が実を結び、成果が出てきた。担い手育成では全国から約30人が県内の水産業に就いた。人材確保に関する石巻、気仙沼両市の事業を受託し、水産振興の一翼を担う。

 16年3月に水産物の販売部門を分社化。国内外への小売り、卸事業や、県内と都内での飲食店事業に力を入れる。「地元の水産関係者が新たな取り組みを応援してくれるようになった」と手応えを語る。

 設立から7年を迎え、連携の輪は全国に広がる。今年3月には福岡市の漁業関連ベンチャー会社と業務提携。IoT(モノのインターネット)を導入し、効率的な漁業の実現を探る。

 設立時、10年後の24年までに三陸でフィッシャーマンを1000人増やす目標を定めた。「実現に向けたアイデアは尽きない」。浜の再興へ掲げた旗を降ろすつもりはない。
(大芳賀陽子)

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