「あの日から」第13部 芽吹き(5)釜石・神脇隼人さん 交流増やし商店街再生

仲見世通りのにぎわい再生に取り組む神脇さん=7日、釜石市

 にぎわいの消えたシャッター街で希望を見つけた。

 釜石市の観光名所、釜石大観音に通じる商店街「仲見世通り」。軒を連ねる全25店舗がのれんを下ろしていたものの、店舗は統一した外観をとどめていた。

 「可能性を秘めた街だ」。神脇隼人さん(32)は2018年、釜石を初めて訪問した時の印象を鮮明に覚えている。「自分の力でゼロからまちづくりができるのではないか」。縁もゆかりもなかった新天地に心が奮い立った。

 千葉県佐倉市出身。早稲田大卒業後、大手不動産会社に就職し、マンションの営業や広報に携わった。

 人が過ごす空間づくりに興味があったが、事業規模の大きさに「自分ではなくてもいいのでは」と思い悩んでいた。そんな折、東日本大震災の人材確保事業で釜石市が地域おこし協力隊の隊員を募集していると知った。志願するために市を訪れたのは18年春。その年の7月には協力隊員として東京から移住した。

 高炉休止後に衰退する「鉄のまち」に震災が追い打ちを掛けた。にぎわいの創出は待ったなしの課題となっていた。

 仲見世は1970年代、大観音を建立した宗教法人が整備した。地域再生に掲げたテーマは「バ(場)づくり」「モノづくり」「コトづくり」。人の集まる場所をつくり、愛着を持ってもらえるような商品や体験が必要だと考えた。

 移住後すぐ、空き店舗を改装して貸し出すリノベーション会社「sofo(ソホ)」を仲間と設立した。2019年7月に交流拠点となるカフェを開き、アクセサリー作りのワークショップやマルシェを催した。

 活動を通し、徐々に仲見世に関わる人が増えた。地域内の交流も深まる。達成感の一方、不安もあった。

 知識や技術を凝らした商品やサービスを生み出しても、人口減少が加速する地元は買い手が限られる。見合う利益が得られず、人材もノウハウも定着しない。

 「人口減少に起因する構造的な問題は地方ほど根深いと感じた」。地域外と新たな関係性を築くために思い至ったのが、仲見世ブランドのノンアルコールビールの開発だった。

 ビールの代替品にならないよう味や香りを重視し、今秋にも発売する。「地域外の人が仲見世を感じられる商品があればここに来るきっかけになる。ノンアルコールなら車で来ても楽しめる」と狙いを語る。

 県外業者に生産委託するが、興味を持った酒蔵には惜しみなく製法を提供するつもりでいる。地域にノウハウを蓄積する仕組みをつくりつつ、地域とさまざまな形で関わる人を増やす考えだ。

 神脇さんは協力隊の任期が終了した今年3月以降も釜石に残った。手掛けた事業をやり遂げたかった。「仲見世だからできることに取り組みたい」。情熱は尽きない。

 「災厄のたびに、釜石は地域の人と外部の人が力を合わせ立ち上がってきた。私もそうありたい」

 「よそ者」ならではの覚悟を持って、一歩一歩を踏みしめている。(坂本光)

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