「震災10年 あしたを語る」 仙台フィル・コンサートマスター 神谷未穂さん 心癒やす音楽届け続けたい

神谷未穂さん

 世界を覆った不条理な悲しみ。人々は人間の力を信じ、未来を見詰め、踏みだした。歩みを重ねて10年。東日本大震災を語ることは癒やしや励ましだった。困難を乗り越える力だった。悲劇を繰り返さない誓いであり、連帯だった。だから、われわれは語り続ける。

 <仙台フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに就任して半年後、東日本大震災に遭った>
 「バンッ」と舞台上の譜面台が一斉に倒れ、頭上のシャンデリアが大きく揺れた。仙台市の青年文化センター大ホールでリハーサルが始まる直前だった。
 「あ、もしかしたら死ぬのかな」と人生で初めて意識した瞬間だった。弾いていたバイオリンは1700年代半ばに制作された貴重な物。何十人というバイオリニストが大切に弾いてきた楽器をここで壊してなるものか。客席の下に頭を何とか潜らせ、楽器ケースを抱きかかえた。

 <混乱の中、楽器を5日間ほど触れられなかった>
 仕事で仙台を離れ、神奈川の実家に立ち寄った時、初めてケースを開けた。
 1日でも弾かないとしっくりこないが、何より弾けた喜びが大きかった。ラヴェルの「ツィガーヌ」という民族音楽を弾いた。途絶えていた音楽が耳に届き、体に血が通い出したような感覚だった。

 <復興コンサートなどを通して、楽団としてもバイオリニストとしても被災地に音楽を届け続ける>
 初めて足を運んだのは震災翌月。バイオリンとチェロとピアノの三重奏で宮城県名取市の避難所を訪ねた。みんな雑魚寝状態で、安否確認のアナウンスが流れていた。つばも飲み込めないぐらい緊張し、弾いたら怒られると思った。
 数時間待って「私たちは音楽で祈りたい」と伝え、「アヴェ・マリア」などを奏でた。子どもが駆け寄ってきて、遠巻きに眺める大人も集まった。翌2012年、名取の慰霊祭に出席した時、女性から「あの時、音楽で初めて泣くことができた」と伝えられた。
 言葉にはすごく力がある半面、時に傷つけてしまうこともある。音楽は聴く人の気持ちに合わせて、傷つけずに心を癒やすことができるんじゃないか。そんな力に初めて気付いた。

 <震災から4カ月後、仙台フィルが青年文化センターで演奏活動を再開した>
 「おかえりなさい」と書かれた垂れ幕をお客さまが掲げていて、楽団員一同泣いた。曲目はドボルザークの交響曲第9番「新世界より」。ここに戻れた喜び、震災で古里に戻れない人がいるという悲しみ。第2楽章「家路」の旋律にさまざま思いが込み上げた。
 震災によって突然演奏会ができなくなった経験をしたからこそ、一つ一つに懸けるオーケストラの思いは前にも増して強くなった。

 <今年も祈りの思いを込め、チェリストの夫とピアニストと仙台で演奏した>
 震災直前、私が京都で参加した阪神大震災16年のチャリティーコンサートで、客席で涙を流している方がいた。何年たっても苦しい思いを抱える人もいるし、時が解決するといってもすごく長いんだと感じた。
 10年前、名取の閖上地区の惨状を目の当たりにした時、私は赤ちゃんが大人になるまでは音楽を届けようと心に決めた。10年たった今だからこそ、できることもきっとある。被災地のオーケストラとして、これからも音楽で寄り添いたい。
(聞き手は吉田尚史)

[かみや・みほ]1973年生まれ、神奈川県出身。桐朋学園大、ドイツ・ハノーファー音大卒。パリ国立高等音楽院最高課程修了。2010年9月から仙台フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスター。公益財団法人「音楽の力による復興センター・東北」理事、宮城学院女子大特命教授も務める。

河北新報のメルマガ登録はこちら
3.11大震災

復興再興

あの日から

復興の歩み

秋季高校野球宮城大会 勝ち上がり▶


企画特集

先頭に戻る