「震災10年 あしたを語る」 千葉大院教授 秋田典子さん ガーデン整備、被災地に潤い

秋田典子さん

 世界を覆った不条理な悲しみ。人々は人間の力を信じ、未来を見詰め、踏みだした。歩みを重ねて10年。東日本大震災を語ることは癒やしや励ましだった。困難を乗り越える力だった。悲劇を繰り返さない誓いであり、連帯だった。だから、われわれは語り続ける。

 <東日本大震災の被災地で、千葉大園芸学部の学生が2011年夏から展開する支援活動の責任者を務める>
 これまでに陸前高田市、釜石市、岩手県大槌町、石巻市、千葉県旭市を訪れ、仮設住宅や商店街などでの植栽、押し花作りやハーブ染めのワークショップといった活動を行ってきた。
 震災発生当時、学生から「国立大唯一の園芸学部の学生として、何かできることをしたい」と何度も相談された。キャンパス(千葉県松戸市)がJR常磐線松戸駅近くにあり、同じ沿線の宮城県や福島県の被害にとても心を痛めていた。
 学生たちの経験は将来必ず社会に還元されると信じ、現地に行く手はずを整えようと考えた。
 津波で中心部が壊滅的な被害を受けた石巻市雄勝町で11年9月、実家跡地に花を植えようとしていた徳水利枝さん(雄勝花物語代表理事)と出会った。がれき集めや枯れ草取りのお手伝いに始まり、今の「雄勝ローズファクトリーガーデン」整備につながった。

 <13年10月に開業したガーデンのある一帯は災害危険区域に指定され、後に復興道路の用地となった>
 多くのボランティアや地元住民と共に造ったガーデンが地域内外の人が憩う場として知られるようになった頃、移設が必要になった。石運びなど大変な作業が続いたが、バリアフリーの視点を加え前向きな移転にしようと話し合った。18年3月、西側の隣接地に4倍以上の広さ(約2000平方メートル)で再オープンした。
 私自身、大阪のニュータウンで育ち、土地の歴史が分断された空間に違和感を抱いてきた経験がある。阪神大震災で、ニュータウンにはない魅力が成熟した神戸の街が破壊された。これを機に、都市工学を本格的に学びたいと思った。
 近代技術は、人の手からさまざまな力を奪った。高台集団移転や防潮堤建設が重機で一気に進んだのに対し、植物は自分たちの手で時間をかけて植えることができる。何も無くなった場所で、人の手に力を取り戻すというプロセスが、このガーデンなのではないか。

 <学生たちとの交流は、高齢化が進む雄勝町の住民の元気の源になっている。一連の活動は、雄勝花物語と仙台市の造園会社「泉緑化」と3者共同で20年度日本造園学会賞を受賞した>
 津波で住めなくなっても、思い出の詰まった大切な古里が見捨てられた状態のままにされることは住民を傷つける。花が咲いたり、実がなったりする植物は、色も音も失った荒涼とした空間に潤いをもたらす。
 新型コロナウイルスが収束したら、地元の人と無理なく手入れができる範囲で花と緑を少しずつ増やしていきたい。津波で引き裂かれた地域コミュニティーを再生させるガーデンの取り組みは、これからの持続可能な社会を考える一つの事例になると思う。
(聞き手は橋本智子)

[あきた・のりこ]1968年大阪府生まれ。東京大大学院工学系研究科博士課程修了。東京大国際都市再生研究センター特任研究員などを経て2008年12月に千葉大大学院園芸学研究科(現研究院)着任。18年7月、東日本大震災の支援活動で復興相から感謝状を授与された。専門は都市計画、ランドスケープ。

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