仙台市長選、激戦の歴史 出直しに乱立…構図多様

 18日告示される仙台市長選(8月1日投開票)は1989年の政令市移行後、9度目の審判になる。過去8回で今回同様、現職が再選を目指した選挙は1997年と2013年の2回。「平成」の時代と共にあった激戦の歩みを振り返る。

●1992年
 政令市となり最初の選挙は、現職の石井亨氏(67)が自民など4党の推薦を得て共産党推薦の新人に圧勝し、3選を決めた。投票率は当時の最低で36・26%。
●1993年
 ゼネコン汚職事件に伴う出直し選挙。新人3人が争い、前市教育長の藤井黎氏(62)が市民主導型の選挙戦を展開し、元仙台弁護士会長ら2人を破った。
●1997年
 現職の藤井氏が自民、新進など4党推薦を得て共産党推薦の新人に圧勝し、再選された。「オール与党批判」「反共産」の対立以外に争点がなく、投票率は31・97%と最低を更新した。
●2001年
 参院選と同日選。3選を目指す藤井氏が過去8回で最多の23万票余りを獲得し、新人7人を制した。藤井氏は前回と一変、政党に推薦を求めなかったが、共産を除く各党市議が支援した。市地下鉄東西線の整備計画が焦点とみられたが、候補者乱立で争点はぼやけた。
●2005年
 藤井氏の引退表明で新人6人が立候補。元経済産業省官僚の梅原克彦氏(51)が市政継承を掲げ、各党や経済界、労組などの重厚な支援態勢で混戦を抜け出した。全国初の本格的なマニフェスト型首長選としても注目され、東西線建設推進を巡る論戦が展開された。
●2009年
 梅原氏がタクシーチケット不適正使用問題で直前に立候補を断念。新人6人が争い、前副市長の奥山恵美子氏(58)が梅原市政の転換を訴え、東北初の女性市長となった。名前が同じ前副市長の岩崎恵美子氏も出馬し、市政の継承を掲げた。2人の舌戦は「恵美子対決」として話題となった。
●2013年
 東日本大震災後、最初の市長選。奥山氏が共産党推薦の新人との一騎打ちを制し、再選を果たした。道半ばの復興施策が争点となったが、共産以外の市議会主要会派の支援を得た奥山氏が圧倒的優位に立ち、選挙戦は盛り上がりに欠けた。投票率は30・11%にとどまり、過去最低を記録した。
●2017年
 3選を目指すとみられた奥山氏が引退を表明。新人4人が立候補し、元衆院議員の郡和子氏(60)が2人目の女性市長となった。奥山氏は村井嘉浩知事と共に会社社長の菅原裕典氏を支援。選挙戦は自民、公明など3党が支持する菅原氏、民進、共産、社民など4党が支持・支援する郡氏を軸に展開され、国政の与野党が激突する構図となった。
(肩書、年齢などは当時)

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