「震災10年 あしたを語る」 日本総合研究所主席研究員 藻谷浩介さん 国難に負けぬ人材育成期待

震災被災地の未来に期待を寄せる藻谷さん(本人提供)

 世界を覆った不条理な悲しみ。人々は人間の力を信じ、未来を見詰め、踏みだした。歩みを重ねて10年。東日本大震災を語ることは癒やしや励ましだった。困難を乗り越える力だった。悲劇を繰り返さない誓いであり、連帯だった。だから、われわれは語り続ける。

 <2011年春、政府の東日本大震災復興構想会議の検討部会専門委員と宮城県震災復興会議の委員を務めた>
 沿岸被災地から「人がいなくなる」という見方も周囲にあったが、産業面はすぐ復活するので皆さんが騒ぐほど問題ないと申し上げた。震災前に東北の津々浦々を回った経験から、高付加価値で競争力がある水産業がなくなることはないし、人も残ると確信していた。
 低地に人を戻さず、高台移転する免災構造の国づくりを提唱した。消費活動が盛んな生産年齢人口(15~64歳)は1995年を境に減り、高齢化が進んで空き家も多い。「10年後に復興を果たすなら、10年後の人口フレームに応じたまちづくりを」と求めた。

 <住宅が高台移転した一方、低地では大規模なかさ上げ工事が行われた>
 かさ上げしても宅地が埋まるはずがない。人口減少は顧みられなかった。低地は産業用地にし、防潮堤も不要だった。地下水が断ち切られて養殖業の将来に禍根を残しかねない。
 「コンクリートから人へ」と唱えた旧民主党から、12年末に政権奪還した自民党は「国土強靱(きょうじん)化」を掲げたが、コンクリートは100年は持たない。次の大津波が来るまでに防潮堤は壊れ、もう一度再建するお金と意欲はあるだろうか。将来世代に大きなツケを回してしまった。

 <震災をきっかけに「日本社会が変わる」という期待感も広がった>
 阪神大震災に続く大災害は首都直下地震への警告を発したが、私には社会が変わるとは思えなかった。
 日本人は良くも悪くもとことん行き詰まるまで変わらない、先を読まないのが本質ではないか。防潮堤も、過酷事故を起こしたのに採算度外視で利用をやめない原発もそうだし、政治もそう映る。震災から10年。自己満足の世界に引きこもり続け、モラルの根幹が崩れつつある。

 <震災被災地や東北の未来に期待を寄せる>
 東北は日本の中でも特に変わろうとしない保守的な土地柄だが、明治維新のような変革しなきゃいけないという時、多くの天才を輩出してきた。
 震災で激しく揺さぶられた結果、移住した若者も含めて好きにやらせようという雰囲気が生まれ、被災地は「次」の国難に活躍する人材育成のフィールドになっている。東北は明らかに面白くなっているし、それは犠牲になった人々への供養にもなる。

 <19年のラグビーワールドカップ日本大会を釜石市で観戦し、感銘を受けた>
 東北でしか醸せない心温まる雰囲気で、宮沢賢治だったら「祭り」と称していたかもしれない。
 地域文化の良さがにじみ、格下と言われたチームが強豪を大接戦で制したことも東北らしかった。震災を機に生まれたものをつないでいくことで、必ず新たな展開が生まれると思う。
(聞き手は高橋鉄男)

[もたに・こうすけ]1964年、山口県生まれ。東大卒。米コロンビア大経営大学院修了。88年日本開発銀行(現日本政策投資銀行)入行。2012年から現職。地域振興や人口問題を研究し、著書に「里山資本主義」「デフレの正体」など。

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