社説(7/23):東京五輪きょう開幕/新たな大会の姿、示せるか

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大を受け、1年延期された東京五輪がきょう開幕する。「第5波」とも言われる感染者増加で、東京都に緊急事態宣言が出される中での開催。宮城など一部を除いて無観客となることが直前に決まり、海外選手団などの感染者も相次ぐ。開会式の制作陣2人が、過去の言動を問われて職を離れるなど、直前まで混乱が続く。

 開催への国民の賛否は分かれ、意義や価値が問われた。いつもの五輪のような祝祭感は到底感じられない。

 国民的な不信を広げた一因は、延期決定後の判断の遅れだろう。例えば観客上限。昨年12月、政府、東京都、大会組織委員会などによる新型コロナ対策調整会議の中間整理では、「来春までに」と決定時期を示していた。

 3月の国際オリンピック委員会(IOC)などとの5者協議では、海外観客の受け入れ断念を決めながら、上限決定は先送り。6月には「定員の50%以下で、上限1万人」という方針を決めたが、今月に入り、感染の再拡大で首都圏だけでなく、福島などでも無観客となった。

 例えば、春の時点で、緊急事態発令時のイベント開催上限とする「5000人」と決定していれば、関係者が感染対策を一層吟味し、国民的な理解を求められる可能性はあったのではないか。直前まで決定を引き延ばしたことで、全ての対応が後手に回り、自ら事態を悪化させたように見える。

 東日本大震災からの復興五輪という理念も、被災地と関係者が、何を、どう発信するかを検討する時間はあったはずだ。

 コロナ禍での五輪開催の価値や意義が問われる中、IOCや現状の大会の在り方に根本的な疑問が広がった。

 関係者が「アスリートファースト」を再三強調しなければいけないほど、五輪がイベントとして肥大化し、華美になっていたのは確かだ。

 聖火リレーを見ても、スポンサー主導の面が強かった。コロナ前の計画と思われる派手な演出は、時代と合わず、批判を招いた。

 大会に臨む選手たちには、何の罪もない。これまでの練習の成果を存分に発揮してほしい。それを、テレビなどの画面越しからでも楽しみ、素直に応援できればいい。

 ただ、大会の「成功」は、日本勢のメダルの数などでは決められない。まずは感染拡大を招かず、無事に終えることだ。

 従来の五輪が抱える限界や矛盾に、今回、多くの人が気付いた。組織委の橋本聖子会長は、延期に伴い簡素化された新しい大会を「東京モデル」としている。大会を通して新たな五輪の在り方を提示し、理解を広げられるのか。

 復興五輪の理念も、両大会を終えた後、その先に、どうつなげていくかが問われる。

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