若生正広さん死去 元東北高野球部監督 ダル擁し甲子園準優勝

選抜高校野球大会の試合に向けたダルビッシュ(左)の投球練習を見つめる若生さん=2003年3月、大阪市の南港中央球場

 高校野球の強豪、宮城・東北高の監督として同校を長年にわたり率いた若生正広(わこう・まさひろ)さんが27日午前6時18分、肝細胞がんのため仙台市泉区の自宅で死去した。70歳。仙台市出身。葬儀・告別式は8月1日午前10時から仙台市青葉区木町通2の2の13、仙台迎賓館斎苑で。喪主は妻正子(まさこ)さん。

 1987年に埼玉栄高の監督に就任。93年に母校の東北高の監督となり、2003年夏の甲子園でダルビッシュ有(現米大リーグ、パドレス)を擁して準優勝した。07年には難病の黄色靱(じん)帯(たい)骨化症を患ったが、指揮を執り続け、11年春の選抜大会で福岡・九州国際大付高を準優勝に導いた。

 15年に埼玉栄高の監督に復帰し、19年に勇退した。ダルビッシュら選手の意思を尊重し、力を発揮させる指導に定評があった。

 甲子園に春夏計11度出場。東北高時代の教え子にプロ選手の雄平(ヤクルト)嶋重宣(元西武)らもいる。

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