震災がつないだ縁、いまも NPO事務所修繕に全国から寄付金

修繕が完了した建物の前に立つ関係者
2月の地震で外壁に亀裂の入った建物

 宮城県内で最大震度6強を観測した2月の地震で、山元町で障害者の就労支援を行うNPO法人ポラリスの事務所兼作業場が被災した。東日本大震災の被災地支援が縁でつながりのあった東京の建築士がすぐに駆け付けて修繕プランを提案してくれたほか、全国から費用の大半を賄えるほどの寄付金が寄せられた。工事は8月末に完了し、耐震性を強化することができた。

 2月13日、同町は震度6弱を記録。築23年の木造平屋の事務所は外壁のタイルや内壁に多数の亀裂が生じたほか、屋根瓦がずれ、ドアも開かなくなった。

 「大丈夫ですか?」。ポラリス代表理事田口ひろみさん(58)に翌日、東京都町田市の「東京零環ライオンズクラブ」事務局長で1級建築士の屋代誠一さん(67)から電話があった。10年前の被災地支援で、当時、町社会福祉協議会職員だった田口さんと知り合い、交流が続いていた。

 屋代さんは地震の数週間後、手弁当でポラリスを訪れ、被災状況を確認した上で耐震強化を提案した。内壁を石こうボードから合板に変え、筋交いを増やした。天井裏も強化し、屋根瓦は軽量の素材に変更した。

 屋代さんは「原状復旧だけでは次の地震に耐えられない。思い切った工事を行い、耐震性は場所により3~5割増した」と語る。

 工事は亘理町の佐善工務店が格安で請け負ったものの、費用は約700万円かかった。財務上の余裕がないNPOを救ったのも震災の縁だった。ポラリスの活動を通して知り合った応援団や地元支援に加え、震災復興に関わった神奈川県や兵庫県などの障害者支援団体やボランティア、精神科医ら計183の個人・団体から約625万円が集まった。

 認定NPO法人難民を助ける会(東京)は170万円を寄付。資金集めに奔走した会員の大原真一郎さん(54)は「震災後にできた障害者支援の場が立ちゆかなくなるのは心苦しく、支援したかった」と話す。

 ポラリスは2015年に設立され、現在の利用者は21人、スタッフ9人。2月の地震で発生直後に1日間休業したが、工事中も町内の別の場所を仮拠点にして事業を継続した。

 田口代表理事は「災害が起きても障害者支援を休むことはできない。震災で出会った人々の支援のおかげで、建物を安全に修理し、安心して活動を続けることができた」と感謝する。

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