「昭和」に飛ばされる!? 宮城に謎のスポット「こだわり街道」

こだわり街道の入り口にある看板

 宮城県南部の里山を分け入った先に、一風変わった空間が広がる。ノスタルジックな看板や人形、置物が約150メートルにわたって道ばたに並べられている。近くで農業を営む男性が、50年以上前から手塩にかけて育ててきた「こだわり街道」だ。(編集局コンテンツセンター・佐藤理史)

「人生の旅は楽しめ!!」など高橋さんのメッセージも

異空間に飛ばされる

 カーナビに「柴田町入間田(いりまだ)大畑」と入力し、仙台市から南へ進むこと1時間弱。幅約5メートルの町道の脇に看板が見えてくる。その上にゾウの像、下には国民的漫画「サザエさん一家」の絵。異空間に迷い込んだ錯覚にとらわれる。

 「キャビン85」「イルガピリン」といった昭和レトロのブリキ看板、招き猫やタヌキの置物、てんぐの面、布袋像などが陳列されている。

タヌキやフクロウの置物が出迎える

消せない胸騒ぎ

 異彩を放つのは6体のマネキン。西洋風の顔立ちながら、純和風のもんぺや法被を着ている。

 一つ一つは目にしたことがあるような物が多い。ただ、年代、地域、展示方法に脈絡や統一感が読み取れないからか、どこか不安をかき立てられる。

 どんな基準やコンセプトが隠されているのだろうか。

 こだわり街道の主である高橋義征(よしゆき)さん(76)は「そう言われると困るなあ。いいと思った物を集めているんだけど」と頭をかく。

 

法被を着た子どものマネキン

「がらくた」にあらず

 始まりは1968(昭和43)年にさかのぼる。東京都青梅市で昭和の映画看板を駅前商店街に並べ、街おこしをしているのをテレビで見て知った。

 「俺にもできるかも」

 一念発起した。それから、旅行先や古物店でこつこつと買い集めては、自宅敷地の道路沿いに並べていった。

 収集した品々は約2000点。総額200万~300万円は費やした。品数も金額も、正確な数字は覚えていない。「でも、どこでどうやって手に入れたかは大体、頭に入っている。がらくたと言う人もいるけど、全部、宝物だよ」

「地域活性化に行政など外を頼っていてはだめ」と語る高橋さん

終わりなき旅

 古物収集家は各地にいても、「街道」スタイルで展示するのはレアな存在だ。

 「独りでは楽しめない。楽しいことは分かち合いたいからさ」

 2012年にバラエティー番組「ナニコレ珍百景」で取り上げられ、一躍評判になった。今も週に3組ほどが訪れるという。高橋さんは訪問者を見かけると「どこから来たの?」と尋ねることにしている。

 街道づくりのほか、小正月行事「大黒舞」の復活、ホタルの保護、農道沿いのスイセンの植栽などにも取り組む。近頃は、伊達政宗騎馬像を制作した郷土の彫刻家・小室達(とおる)(1899~1953年)に光を当てる活動に力を入れる。

 「町外の人や年下の人とも交わり、世界を広げる。そして、自分たちの地域をもう一度見直す。これが大事なのさ」と言葉に熱がこもる。

 高橋さんのこだわりはどこまでも果てしなく、行き止まりのない情熱が続く。

宮城の珍スポット「こだわり街道」を訪ねた
自宅の隣に保管庫を兼ねる「昭和懐かし館」も備えた
着物姿のマネキン
マネキンや古物が所狭しと並ぶ
アイスキャンディー売りの自転車やネコの置物
えとや布袋など縁起物の置物

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