<耕論・宮城知事選/コロナ禍の1年7カ月>試行錯誤の中、行動と発言に賛否

 村井嘉浩宮城県知事の4期目後半は新型コロナウイルス対策に追われた。未知のウイルスに先手を打つ場面も、賛否が割れた言動もあった。「知事人生で最も悩んだ」と本人も認めるように、感染の波に応じて試行錯誤を繰り返した1年7カ月を振り返った。

 県内初の感染者が確認されたのは2020年2月29日。緊急事態宣言と一斉臨時休校が重なった昨春の「第1波」は、手探りで対策が進められた。

■ 注意喚起 苦心

 4月中旬には仙台市青葉区作並のホテルを借り上げ、軽症者と無症状者が入る宿泊療養施設の運用を開始。国の通知に先駆け、県は3月中旬から水面下で検討に着手していた。

 マスクやガウンといった医療資機材も不足。トヨタ自動車東日本(宮城県大衡村)にフェースシールドの製造を打診するなど、知事自ら確保に動いた。

 「何度も繰り返せば、オオカミ少年になりかねない」。県民への注意喚起には苦労する。「緊急警報」「危機宣言」「独自の緊急事態宣言」「リバウンド防止徹底期間」。手を替え品を替え、呼び掛けが続く。

 12月には仙台医療圏の感染者の入院、療養先を迅速に選ぶ「医療調整本部」を設置した。「円滑で適切なケアが、県内の死亡率の低さにつながっている」と医療関係者は評価する。

 21年3~4月の「第4波」は1日の新規感染者が最大200人に達し、仙台医療圏はほぼ満床に。入院が必要な患者が宿泊療養施設に留め置かれ、通常医療にも影響が出始める。

■ 感覚的な発言

 飲食店への時短営業要請の解除や支援策「Go To イート」の再開、東日本大震災10年の節目による人の流れの増加が、引き金になったと指摘された。

 JR仙台駅前に5月開設したワクチンの大規模接種会場は、政府が掲げた高齢者の7月末接種完了に向け急ピッチで整備された。菅義偉前首相らに知事がワクチンの安定供給を直談判。県全体の1回目接種率は約8割に達しており、接種率の底上げに貢献した。

 7月23日の東京五輪の開幕前から仙台市全域で時短要請を実施したが、「第5波」は抑えられなかった。新規感染者は8月25日、過去最多の301人に達し、20日のまん延防止等重点措置適用からわずか1週間で緊急事態宣言に移行した。

 高齢者のワクチン接種が進み、感染の主流は若い世代に移った。危機感を募らせた知事はワクチン未接種の20代男性の死亡例を記者会見で明らかにし、「接種すれば重症化率、死亡率が低くなる」と訴えた。
約1カ月で感染状況は劇的に落ち着き、仙台市内で約2カ月間続いた時短要請を9月末で全面解除した。知事は疲弊した地域経済への支援策は感染状況を見ながら着手する考えを示し「一気に景気対策を打たない。これも段階的緩和の一環」と慎重さを強調した。

 「(感染拡大は)気の緩みが理由では」「(接種率が低い現状を)若者は高齢者より意識が低い」など、感覚的な発言も散見された。懸念される「第6波」に向け、県民に共感を得られる説明も求められている。

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