河北抄(10/11):全国の神々が出雲大社に集まって諸国に神様…

 全国の神々が出雲大社に集まって諸国に神様がいなくなるので、旧暦の10月には神無月という異称がある。手元の歳時記にそんな説明が載っている。もっとも別の説も幾つかあるそうだ。

 一つは雷無(かみなし)月。夏はにぎやかだったピカーッゴロゴロの雷が鳴りを潜める季節からという説。もう一つは醸成(かもしなし)月。取れたばかりの新米で酒の醸造に取りかかる月なのでそう呼ばれるという説。

 実際、平安時代には天皇が飲む御酒(ごしゅ)づくりが新米の献納が終わる10月に始まったという。諸説あるうち、どれが有力なのか不明だが、酒が由来だという醸成月説が飲んべえには心引かれる。

 酒飲みたちが敬愛してやまない若山牧水の短歌に<白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり>。旅先で牧水が傾けた杯にも、出来たての新酒が注がれていたのかもしれない。

 コロナ禍が落ち着きを見せて、さて飲食店の応援に出掛けようか、それとも家飲みで? 迷うのもまた楽しく感じられる。もちろん「酒はしづかに飲むべかりけり」は重々承知しているつもりだが。

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