形になるもの見つけたい 台風19号2年、親族ら不明者捜索参加

 台風19号豪雨から12日で2年がたつ。土砂崩れで3人が死亡した宮城県丸森町の子安地区周辺では10日、行方不明になっている小野正子さん=不明当時(63)=の集中捜索があり、小野さんの親族が加わった。まだ残る広大な土砂の爪痕。「発見は難しい」と捜索に迷いを抱いてはいるが、「形になるものを見つけたい」との思いは変わらない。

行方不明となった小野さんの手掛かりを捜す大槻さん(中央)=10日、宮城県丸森町

「気持ちの整理できず」

 土砂に押し流された家の跡地から阿武隈川へ続く約1キロの沢沿いに、消防団員ら約100人が散らばる。小野さんの姉天野民子さん(70)=丸森町=は水辺をスコップで掘った。

 「こんな所から何も出ないとは思うが、もしかしたら、との願いもある」

 昨年までは週末に親族だけで独自に捜索することがあり、小野さんのおい大槻恵太さん(38)=名取市=も現場に通い続けた。今回は雑草が生い茂っていた。「手が付けられないほどになった。捜してくれる方々には感謝と申し訳ない気持ちがある」

 親族は集中捜索に先立ち、家屋跡地の鎮魂碑に手を合わせた。崩れた裏手の山で治山工事が9月末に完了したのを受け、今月初旬に設置した。天野さんの母大槻竹子さん(92)、姉で恵太さんの母大槻利子さん(70)、小野さんの夫新一さん(67)=年齢はいずれも当時=が犠牲となった。

 碑は昨年に用意し、今年は小野正子さんの名を新たに記した。恵太さんは「区切りを付けるため碑を建てたが、(正子さんが)見つからないことには気持ちの整理ができず、もどかしい」と複雑な心境を明かす。

 天野さんは「捜索は終わりにしようと思っている。それでも碑の前には毎週でも来たい」と語る。

 家屋は基礎部分のみが残り、裏手の山には治山ダムが連なる。恵太さんは「景色は変わったが、おふくろやばあちゃんがいた場所。ここが実家であることに変わりない」と力を込めた。

 集中捜索は昨年に続いて行われ、角田署員や住民らも参加。衣類6点が見つかり、親族に引き渡された。丸森町では11人(関連死1人含む)が死亡した。

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