河北抄(10/15):1992年のプロ野球ドラフト会議は目玉と…

 1992年のプロ野球ドラフト会議は目玉となる選手が2人いた。ヤクルト監督だった故野村克也さんは伊藤智仁投手を推したが、編成部は松井秀喜選手で譲らない。そこに鶴の一声。「お前らガタガタ言うな。監督の言うとおりにせえ」。球団社長の故相馬和夫さんだった。

 野村さんの著作『プロ野球奇人変人列伝』にある。「柔軟な思考をし自分がこうだと決めたら、どんなに反対があろうともそれを進める強い決断力」がチームカラーの醸成につながったという。伊藤投手は大車輪の活躍。「苦しいところで幾度となく救ってくれた」と記す。

 今年のドラフト会議。東北楽天は将来への布石を打つとのカラーが鮮明だった。1位指名は甲子園出場の経験がない埼玉・昌平高の吉野創士外野手。名前を呼ばれた途端に涙がこみ上げ、野球を始めるきっかけをくれたおじいちゃんの思い出を語る姿にとても好感を持った。

 「高校生の一番の打者で将来の中心選手になってくれる。3、4年後にいける選手だと思う」と石井一久ゼネラルマネジャー兼監督。活躍が待ち遠しい。

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