元東北楽天・枡田さん、コロナ下におでん屋を始める訳

 プロ野球東北楽天で活躍した枡田慎太郎さん(34)が11月18日、仙台市青葉区でおでん屋を開く。コロナ禍で大打撃を受ける飲食業界にこのタイミングで飛び込むなんて。おせっかいと思ったが、理由を聞きに行った。(編集局コンテンツセンター・佐藤理史)

真新しい調理場に立つ枡田さん。「基本的には店にいます」と話す

仲間とわいわい食事…いつか自分の店を

 「おでん慎太郎」。白地に毛筆の看板が目を引く。飲食店が立ち並ぶ県庁北側の上杉1丁目。店内をのぞき込む。「お久しぶりです」。ぼそぼそとした懐かしい声が聞こえてきた。

 店内はテーブルとカウンターで約30席。木のぬくもりを感じる落ち着いた雰囲気だ。「高級店?」との問いに「明るく楽しく元気な親しみやすい店にします」と相好を崩した。

 おでん屋に決めたのは、だしを使った料理で勝負するという京都市出身のこだわり。目玉商品は「おでん逸品」。通常のおでん各種(150円~)とは別のメニューを用意した。「カラスミ大根」「揚げ餅と九条ネギ」(400円前後)など趣向を凝らした一品だ。

 「野球の解説や指導などの他の仕事がない時はお皿を運んだり、ドリンクをつくったりします。料理はプロに任せますけど、盛り付けはやりますよ」と張り切っている。

 記録より記憶に残る選手だった。2013年、勝負強い打撃で球団初のリーグ優勝、日本一に大きく貢献した。4番も務めた強打者の印象の割に、プロ13年間で規定打席に達したことはなく、シーズンの最多本塁打は8にとどまった。

 それでも、打ち出したら止まらなかった。左中間方向に気持ちよく打球が伸びた。逆にスランプは毎回長引いた。代打で見逃し三振がたびたびあった。けがにも泣いた。「浮き沈みは激しかったですね」。思わず苦笑いを浮かべた。

 18年限りで引退し約3年がたち、「大満足のプロ野球人生」と振り返る。リーグ優勝決定の瞬間は左翼の守備位置で立ち合った。「大した成績は残せなかったけど、誰もが味わえない最高の経験ができました」

 引退後は「外の世界が見たい」と球団に残らなかった。1年間はアルバイトをしたり、海外旅行したりした。昨年から仙台一高硬式野球部や中学硬式野球の仙台ポニークラブで青少年を指導する立場になった。

 仲間たちとわいわい食事することは現役時代から好きだった。「いつか自分の店を持つ」。仙台市内の鶏料理店で接客の仕事も始めると、ぼんやりと温めてきた夢が膨らんでいった。

11月にオープンする「おでん慎太郎」

「やりたいからやる。それだけっすよ」

 新型コロナの感染状況は現在、落ち着いているとはいえ、再拡大の懸念はつきまとう。打撃は「タイミングが全て」と聞いたことがある。今はその時なのか。冒頭の懸念をぶつけた。

 「やりたいからやる。それだけっすよ。どんな業界でも浮き沈みや競争はありますからね」。厳しいプロの世界を腕一本で切り開いてきた潔さを感じる。

 思い返せば、劣勢の場面でベンチでよく大声を上げていた。「俺に回せ」。背番号32はピンチでこそ本領を発揮するのかもしれない。「それに、この世から飲食店がなくなることはない。いずれは必ず回復するでしょ」。楽天的な考えが根本にはあるようだ。

 かつて球場を熱く盛り上げたクラッチヒッター。ことこと煮込んだおでんでファンの胃袋をじんわりと温めて、杜の都で定位置をつかんでもらいたい。

開店に向けてパソコンで作業する枡田さん
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