<手腕点検>七ヶ浜町・寺沢薫町長 「攻めの福祉」に注力 被災跡地の活用課題

 東日本大震災から10年がたった今年、地方自治の現場は新型コロナウイルス感染症との闘いに引き続き追われた。少子高齢化や人口減少、地域経済の疲弊も深刻化。難局のかじ取りを担う宮城県の市町村長は地域の負託に応えているか。住民や関係者の声を交えて検証する。

中学校の公開授業を見学する寺沢町長(中央)=12日、向洋中

 災害時に自力避難が困難な住民を一覧化し、自主防災組織や民生委員に提供する避難行動要支援者名簿。七ケ浜町は4月1日現在、提供への同意率が95・9%(1475人)に上る。

 町は2018年6月、拒否する人を除き、名簿提供を原則とする条例を県内で初めて制定。それまで30%未満だった提供同意率を飛躍的に高めた。

 名簿の活用は、寺沢薫町長(67)が掲げる「攻めの福祉」政策の柱だ。災害時の避難支援に限らず、区長や民生委員が普段の見守りから役立てている。

 寺沢氏は「状況を把握することが解決に向けた第一歩。高齢化の進展で、これからの福祉は役所に来られない人の元へ出て行くことが必要だ」と狙いを語る。

 特に状況把握が難しいのが、高齢者だけで暮らす介護保険の未利用世帯だ。町は昨年から、75歳以上のみの世帯向け配食サービスを開始。事業は町社協に委託し、配布時には民生委員も同行して安否確認や生活状況の把握に努めている。

 町議会の岡崎正憲議長(77)は「条例化には議論があったが、支援が必要な人を把握しやすくなった。その後も名簿に基づいた見守りを進化させている」と評価する。

 町職員出身。東日本大震災が起きた11年3月は地域福祉課長を務めた。当時総務課長だった平山良一副町長(70)は「被災者支援に奔走し、仮設住宅整備にも取り組んだ。互いに仕事に忙殺され、職場の床で寝る毎日だった」と振り返る。

 退職後の15年の町長選では無投票で初当選して前町長から復興事業を引き継ぎ、19年に再選された。ハード面の復興事業は今年7月、菖蒲田海水浴場の背後地にオープンした多目的広場の整備で完了した。

 残る課題の一つが集団移転の跡地利用で、町が事業用と位置付ける約5ヘクタールが未利用となっている。土地区画整理事業で整備できたのは一部で、ほとんどは住民から買い取ったままだ。

 特別名勝松島や市街化調整区域などの法規制があるほか、虫食い状態で土地の形状も場所によって異なる。「民間事業者から貸してほしいという話はあるが、実現に至っていない」(財政課)という。

 震災発生から10年後も手つかずの現状に、被災地域に住む60代男性は「来るのを待つだけでなく、行政が借地料免除などを打ち出して積極的に呼び込むべきではないか。最初の成功例を作ってほしい」と訴える。

 一方の寺沢氏は「慌てて取り組んでもまちづくりにつながらない」と慎重姿勢。「仙台圏で唯一波打ち際まで行ける親水空間がある」と評価する海岸線を生かし、持論の「日帰りできるリゾート地」としてにぎわい創出につなげられるか。手腕が問われている。
(塩釜支局・高橋公彦)

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