バスケ、プロの技伝える 仙台、山形でプレーの和田さんスクール設立

 プロバスケットボール男子のbj仙台(現B2仙台)やB2山形などでプレーした和田保彦さん(31)が、昨季限りで現役を引退した後も山形市にとどまり、小、中学生らの指導を始めた。8年間の現役生活で培った技術をプロとして第一歩を踏んだ東北の地で子どもたちに伝え、後に続く人材を送り出す。仙台時代に支えてくれた先輩の応援も励みにしている。

仙台や山形などで活躍し、引退後に設立したスクールで子どもたちを指導する和田さん(中央)=11日、山形市総合福祉センター

「子どもの道しるべに」山形市で高校生までの50人指導

 和田さんは引退直後の昨年8月、山形市内にバスケスクール「HOOP IS LIFE(フープ・イズ・ライフ)」を設立。現在は小学生から高校生まで男女約50人を指導する。バスケットリング(フープ)と人生を意味するスクール名に「子どもたちにとって、バスケも人生もより良いものになってほしい」との思いを込めた。

 指導は技術面を重視。ドリブルでの足の運びや相手選手のブロックをかわすシュートまでの動きなどを細かく伝え、時には自らで手本を見せる。「プロの華やかなプレーは基礎があってこそ。しっかりした技術がないと上達しない」と強調。指導者として「自分が伝えた言葉によって、子どもたちが成長する姿を見ることができるのが喜び」とやりがいを感じている。

 千葉県出身で、大東文化大から2013年にbj仙台にドラフト1巡目で入団。「憧れだった」という志村雄彦選手(現B2仙台社長)らと一緒にプレーし、身長181センチの大型ガードとしてドライブと高い守備能力を武器に活躍した。

 「1巡目の指名を受けてプロになり、志村さんと一緒に戦えた喜びは今でも色あせない」と振り返る。仙台に2季所属し、B2の信州や島根を経て19年に山形へ移籍した。現役時代に山形のスクールを手伝った縁で地元の教え子や保護者から引き続き指導を請われ、「必要とされるなら」と転身を決意した。

 プロとして東北で戦えた喜びを次の世代に伝える。「僕がプロになれたのには、必ず何らかの理由があるはず。それを自分で体現したり言語化したりできれば、プロになりたい子どもたちの道しるべになれると思う」と信じる。

 憧れの先輩への思いも背中を押す。志村社長からは「大変だろうけど、分からないことや手伝えることがあればサポートする」と励まされたという。「子どもたちが成長し、仙台や山形などでプレーしてくれたらうれしい。志村さんにもいい選手を紹介できたらいい」と恩返しを誓う。

bj仙台の選手として試合でシュートを放つ和田さん=2014年1月、仙台市

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