「感情」で片付けず多様な声伝えたい 福島第1原発の処理水放出(11)
東京電力福島第1原発(福島県大熊町、双葉町)の敷地を囲むフェンスの内外で、未来への温度差を感じた。
2月21日午前9時すぎ、原発から約9キロ南、福島県富岡町の東電廃炉資料館で東電が用意したマイクロバスに乗り込み、国道6号を北上。間もなくなんとも言えない違和感を覚えた。道中の帰還困難区域。車窓から見えたのは、人けのない国道沿いに放置され、崩れかけた家屋や衣料品店だ。
事故を起こした原発は廃炉という目標に向かう。一方で、人々の生活があった周辺地域の大半は将来像を描けないまま。その差に思わず首をかしげた。
約20分で原発入り口に着いた。炉心溶融や建屋爆発を起こした1~4号機を一望できる高台に立った。巨大な建屋の上部が水素爆発によって吹き飛んだ1号機まで100メートルほど。広範囲に放射能汚染を引き起こした「事故現場」に近づいたと実感する。
構内には、溶け落ちた核燃料(デブリ)に触れた汚染水から放射性物質を取り除いた処理水を保管する大型タンクが計1047基並ぶ。「高さは10メートル以上あります」と東電の担当者。見上げると、無数のタンクがそびえ立っていた。
タンクの容量は限界に近づいている。政府は2023年春ごろをめどに海洋に放出する方針だ。処理水は放射性物質トリチウムを含み、地元の福島はもちろん宮城の漁業者からも水産物の風評被害を懸念する声が上がる。
東電の担当者から処理水が入ったボトルを手渡された。無色透明。一見すると普通の水だ。トリチウムは「水と同じ性質で安全です。ただ、感情の問題は別です」と担当者は言う。
その瞬間、ある記憶がよみがえり、はっとした。首都圏などに拠点を置く新聞社の記者として、東日本大震災から運転停止が続く茨城県の日本原子力発電東海第2原発を担当していた昨年3月、ある茨城県議の講演を取材した。
県議は原発が立地自治体にもたらす財政的なメリットを強調。県民が原発への懸念を持つケースを念頭に、「事実と感情をすり替えるべきではない」と断じた。
記者はこれまで、原発事故や放射能汚染に翻弄(ほんろう)された人に話を聞いてきた。古里を追われた大熊町の元住民は「人間の豊かさは物質的なことではない、と気付くのには大き過ぎる事故だった」とため息をついた。
「ホットスポット」と呼ばれる局所的な高線量地点が発生した茨城県南部で、子育て世代の女性は「公園の空間放射線量が高く、怖くて子どもを遊ばせられなかった。あんな思いは二度としたくない」と訴えた。
そうした十人十色の考えを「感情」という2文字に押し込んでいいものか。
原発や放射能汚染への不安は、事故から11年がたったいまも根強い。市民の理解なしに原発政策を推し進めれば溝はますます深まる。一人一人の声が十把ひとからげにされることなく話し合いの種になることを願い、多くの意見や考えを伝えていこうと思う。
(報道部・松村真一郎)
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