被災者サロンが転換期 支援先細り、移住も進み参加者減

 東日本大震災の被災者が交流するサロンなどが変化を強いられている。支援の先細りで先行きが不透明になるなどし、運営者らは危機感を募らせる。震災から11年がたち、被災者に限らず地域に開かれたコミュニティーとして活路を探る動きもある。被災者や地域住民の孤立を防ぎ、支え合う社会を目指した取り組みを仙台市内で取材した。
(生活文化部・菊地弘志)

文字を笑顔で飾る「笑い文字」に挑戦するふくしま仙台サロンの参加者=2月、仙台市太白区

綱渡りの運営

 市内で年6回開かれる「ふくしま仙台サロン」。東京電力福島第1原発事故で福島県浜通り地方から避難した人々が生け花や小物作りを楽しむ。毎回、仙台圏で暮らす十数人が集まる。

 同県浪江町の復興支援員事業を、市内の一般社団法人東北圏地域づくりコンソーシアムが2018年度に引き継いだ。18~20年度は国の補助金、21年度は民間の助成金を活用した。22年度も助成が決まったが23年度以降は見通せない。運営は綱渡りだ。

 事務局長の高田篤さん(49)は「広域避難者は帰還できず、転居先の人にもなり切れない葛藤を抱える。不安を打ち明け、気軽に語る場が大切だ」と強調。日常的な公の福祉事業として位置付ける方策を探る。

 岩手、宮城県沿岸から市内などに移住した人が集まる月例の「ひまわり会」も不安を抱える。14年から青葉区の西本願寺東北教区ボランティアセンターを無料で借りて開催してきたが、センターの存続が23年度以降は未定となっている。

 センターはひまわり会を含めて4団体が利用する。担当職員の井上芳正さん(50)は「各団体のメンバーと次の手だてを考えておきたい」と話す。

 震災後、市内30カ所近くに同郷の被災者が集うサロンが開設された。災害公営住宅などへの移住や支援打ち切りで減少し、今も続くのは数カ所とされる。新型コロナウイルス禍で人々が集いにくくなったのも響いた。

 生活、心の復興には人のつながりが欠かせない。地域住民を巻き込んだ一体感は災害など万が一への備えになる。転居先で開催されるサロンの中には、継続するだけでなく、参加者の裾野拡大を図る取り組みもある。

カフェランランの特別企画で行われたコンサート。参加の間口を広げる一環だ=2月、仙台市太白区

広がる顔触れ

 被災者らが暮らす太白区長町のあすと長町第2市営住宅の集会所を会場にした「カフェランラン」。16年から毎週開かれ、入居者と近隣住民ら十数人が語らう。集会所は外部にも開放され、傾聴カフェや手芸教室なども訪問のきっかけとなる。21年10月のWi-Fi導入後はスマートフォン操作の相談に応じるカフェが始まり、顔触れがさらに広がった。

 市営住宅には約90世帯が入り、単身の高齢世帯も目立つ。住民の会会長の薄田栄一さん(69)は「多様な接点があれば個人の問題が深刻になる前に対処できる」と語る。

 若林区なないろの里2丁目の集会所で開かれる月例の「ちょっとお茶っこサロン」も参加者に制限がない。同区荒浜の自宅を津波で失った庄子千枝子さん(76)が16年、「オープンな場をつくろう」と再建した自宅で始めた。友人や知人を広く誘うなど参加者が偏らないよう心がけているという。

 サロンの新たな形として注目されているのが複合施設「オープン・ビレッジ・ノキシタ」。19年春、多くの被災者が暮らす宮城野区田子西の市営住宅近くに開業した。敷地内に障害者グループホームや保育園があり、世代や障害の有無を超えて人々が交流スペース「エンガワ」を訪れる。

 施設はコンサルタント大手国際航業(東京)子会社で、まちづくりを手がけるアイネスト(仙台市)が統括運営する。同社社長の加藤清也さん(58)は「誰もが気軽に寄れる場だからこそ、地域を広く捉えた安全網の役目を果たせる」と説明する。

多様な場で新たな出会い 東北学院大・斉藤康則准教授に聞く

斉藤康則准教授

 東日本大震災の被災者の生活復興を調査、研究する斉藤康則東北学院大准教授(44)=災害社会学=に被災者コミュニティーの在り方を聞いた。

 被災者の交流の場の存続は年々厳しくなっているが、その不安や困り事は地域福祉の課題を先取りする点も多い。住民の孤独、孤立を防ぐことは、震災に限らず「地域共生社会」の実現に向けた普遍的テーマだ。

 原発事故のあった福島県は、岩手、宮城両県とは復旧、復興に要する時間軸が異なる。5年、10年と区切らず、個々の被災者の境遇に応じた中長期の視点で捉えるべきだ。地元企業がサロンの場所提供に協力する方法もあり得る。

 サロン運営はリーダーに負担がかかる傾向にある。無理をすれば消耗し、不在になれば立ち行かない。次の担い手の育成を地域全体で考えてほしい。

 地域の隙間で取り残されたり、見逃されたりする人を出さないために、転居先のサロンが工夫を凝らしているのは心強い。支援する側が情報や手法を共有するネットワークも不可欠だ。

 「痛み」や「弱さ」を他者に受け入れてもらう場を、人はどこかに必要としている。地域に多様なサロンがあれば自分の相性や好みに合う居場所が見つかり、新たな出会いにもつながる。当事者のもう一歩踏み出す勇気が、さりげない人間関係をセーフティーネットに変えるのではないか。

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